Ⅱ-10.新しい家族②

 夕飯のあと、私はテネスを自分の部屋に呼んだ。絵のモデルを頼みたかったからだ。


「マレニのご飯、美味しかった」

「うん。最近はずっとマレニが作ってるからね。前から美味しかったけど、上達したよ」


 私は鉛筆でテネスの輪郭を描いた。いくつか種類を描いて、テネスの像をつかむ。


 テネスは私の部屋を見渡しながら、話し続ける。


「最近になって料理作り始めたの?」

「うん。前はナナナが作ってたから」


 どうしてもナナナの話になると声のトーンが低くなってしまう。テネスもそれに気付いて、申し訳なさそうに伏し目がちになる。


「ナナナの料理、美味しいってヨッカも言ってた。きっと、マレニはナナナの味を守りたくて、頑張ったんだね」

「そうかもしれない」


 さっきマレニが言っていた言葉が脳裏を掠める。


『いいじゃん。ヨッカの代わりになるってことでしょう?』

『テネスはヨッカの代わりになるんだよね?』


 代わりにこだわっていたのは、マレニがナナナの代役として、みんなの料理を作っているから? 胸騒ぎがした。


「ねぇ、ナナナってどういう人だったの? もしよかったら、教えて。ヨッカの家族のこと。私の知らない、イヨの家族のこと」

「ナナナのこと……いいよ」


 私はテネスにナナナのことを話した。料理が得意なこと、みんなのことを第一に考えるヒトだったこと、心配性だけれど、ここぞというときに勇気があること。


 テネスは黙って肯いて聞いてくれた。


「ナナナは、本当に優しいヒトだった」

「そっか。そりゃヨッカも自慢するわけだ」


 いつの間にかナナナの話をする私の声は本調子に戻っていて、辛い気持ちは晴れていた。


「ねぇ、ナナナの絵、描いてよ」

「え?」


 テネスの提案に、私は筆が止まった。


「ナナナの絵。もしかして、描きたくない……?」

「あ、うん。ごめん。ちょっと、描いたことなくて」

「そうなの……?」

「勿論、一緒に暮らしていたときは描いてたけど、目の前にいないヒトを描くのは、ちょっと練習中で」

「練習中なら、」


 言いかけて、テネスは口をつぐんだ。


 私は冷や汗をかき、顔を右手で覆っていた。呼吸が荒くなる。怖い。もしナナナを描こうとして、全然違うものが描かれたら。記憶の中のナナナが、最近薄れていっているのを感じる。


 それを実像にするのが、堪らなく怖かった。


 ノックの音が、私を現実に引き戻した。


「テネス、いる?」


 扉越しに、マレニの声が聞こえた。


 私は額の汗を拭い、テネスの顔を見た。


 テネスはすぐに肯いた。


 私は立ち上がって、扉を開けた。


「いるよ」


 顔を出したマレニは、ベッドの上のテネスに訊ねた。


「テネスって、グレイズダンス、続けるの?」

「うん。明日、工場の予約してるから、そこで身体直してもらう。そうしたら、またやろうと思うよ」

「感心だね。テネスさえよければ、ヨッカのトレーニングマシン、使っていいから。大きくて捨てるのも大変だしさ」

「ありがとう。大事に使うね」

「ヨッカの服は、どうしようか?」

「それも着るよ。勿体ないし」

「本当はむしろ着たいんじゃないの?」

「どうなんだろ、悪い気はしないな」


 マレニはテネスと馬が合うらしかった。今日一日で、この一ヶ月の全ての口数を合わせても足りないくらい喋っていた。本来の明るくてお喋りなマレニが戻ってきたようだった。


「そうだ、マレニ。ご飯、美味しかった」

「そう。明日は久しぶりにみんなで食べましょうか」


 気持ちを素直に伝えるテネスも、ヨッカの欠けた我が家の明るさを担ってくれるかもしれない。


 嬉しいことのはずだった。


 でも、ヨッカとナナナのいない我が家が、潤滑に回っていくのが、どこか怖かった。

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