Ⅱ-10.新しい家族③

 テネスが来てから三日が経った。


 朝昼晩の三度、私たち家族は顔を合わせてマレニの作る食事をとった。


 テネスとマレニは和気藹々と話す姿をよくみせた。オパエツは部屋に籠もりがちになったけれど、最近の会話頻度が矢鱈に高かっただけでこれが通常運転だ。


 私は外に出て模写をしたり、家の中で家族の絵を描いたりしていた。


 頭の片隅には、テネスに言われた『ナナナの絵を描いて』という言葉がいつもふわふわと形を為さないで浮いていた。


 ふと、私は思うことがあって、オパエツの部屋のドアを叩いた。気のない返事で招かれて、中に入るとオパエツの部屋には目に見えてPCが増えていた。


「これ、なに?」

「何って、マルトンに対抗するために色んな計算してるんだよ。テネスを迎えて、マレニも元気になって、イヨはハッピーかもしれんが、問題は何も解決していない」


 背中を向けたまま話すオパエツの言葉には、突き放すような棘があった。


「それなんだけどさ、テネスってどうしてまだ生きてるのかな」


 自分でも酷い物言いだと思った。しかし、そうとしか言いようがない。テネスは44HPを受けて、その上ヨッカと何度も身体接触をしている。それもヨッカよりずっと長い間そんな生活をしているのだ。同じ条件なら、テネスの方が先に死ぬのが道理だ。


「俺もそれが気になって調べている。丁度臭いキーワードを見つけたところだ」


 私はオパエツのすぐ後ろまで寄って、モニタを見た。幾つも開いているウインドウには頻出する単語があった。


「『ヴィル』……?」

「この世界の根幹であるWRヴィジョンを司る人工知能、つまりは神といって差し支えない存在だ。定期的に発生するブリンク現象の原因は、ヴィルの自己メンテナンス周期と関係しているといわれている」

「つまり、このヴィルが壊れたら、世界中がずっとブリンクしっぱなしでめちゃめちゃになっちゃうってこと?」


 オパエツは「まぁブリンクって意味は」などブツブツと呟いていたが、飲み込んで肯いた。


「そうだな。で、このヴィルはソウィリカの中央、採石場の魂石の巨大な原石に保存されている。いや、より正確に言えば、この星の地下に眠る魂石全てがヴィルだ」

「……どういうこと?」

「採石場の原石はこの星のヘソみたいなものなんだろ。他にもいくつか星の表面に露出している場所はあるが、最も巨大な採石場がソウィリカの中央ということだ」

「なるほど。でもどうしてヴィルのことを?」

「おかしいと思わないか? 俺たちは人間になることを命題としている。それは魂石の採掘という種の存続に関わっていることなのに、未だ確立した手段が見つかっていない。最も近いのが44HPなんてやり方だ。イヨが新しい生物を造ろうとしたとき、それらが自分の繁栄方法を知らないようになんて造るか?」

「確かに。すぐ滅んじゃいそうなものだけど」

「イヨの質問に答えよう。『何故似た条件下のヨッカとテネスでは、死のタイミングが異なるのか?』それはなにか俺たちの理解していない別の条件があるから、とみて間違いない」


 この数日間で、私の中のオパエツの評価はめきめきと上がっていた。こういう分析をやらせたら、オパエツに敵うヒトはいない。


「そもそも、私たちを造った人間の記録ってないの? 私たちがどうして造られたかが分かれば、何かヒントになるんじゃない?」

「それを今探している。なんせヴィルの詳しい情報が見つかったのもここ数日のことだ。一ヶ月前にはヴィルの居場所も分からなかった」


 忙しなくキーボードを叩き、オパエツは私と話しながらPCを走らせる。


「オパエツも、人間になろうとしてるの?」

「馬鹿言え」


 今日初めてこっちを見て、オパエツは睨んだ。


「恐らくマルトンはヴィルと接触している。そして『人間になる』ための方法を知ったんだ。そうして導き出したのが堕天的人間化計画だろう。だが俺は認めない。あんなハックが正攻法な訳があるか? 模人の設計思想を俺は知りたいんだ」


 模人の設計思想。


 私には共感しにくい動機だったが、オパエツが前向きに情熱を燃やしていることは分かった。


 採掘場内の教会に従事するマルトンがヴィルと接触していることも、考えるに易い。


「マルトンとヴィルが関係を持っているってことは、マルトンがこの世界の仕組みを握ろうとしているってこと?」

「それも難しくないだろうな。現にソウィリカの44HP参加者は全人口の3%に増えている」

「……マルトンは何をしようとしているの?」


 背筋に冷たいものが走る。


「さぁな。ただ、マルトンの計画に俺たちはお呼びでないらしい」

「どういうこと?」

「テネスたちの派遣だよ。ヨッカを傀儡にして送り込ませてきたんだろう。家族選挙で俺たちが最多得票者にならないよう、解散させないで押さえ込んでおくつもりらしい」


 曇りのないマルトンの目がフラッシュバックする。


 ヨッカの死を『そんなこと』と無垢な目で言ったマルトン。


 オパエツはこちらを振り向き、生気のない私を見てにやりと笑った。


「だが俺たちには勝ち目がある。テネスだ。遅れてくる二人と違い、テネスにはヨッカを殺した罪悪感がある。そしてマレニとの交流も好調だ。つまり」

「テネスを私たちの本当の家族として迎えられれば四対二で家族選挙にストレート勝ちできる」


 オパエツは我が意を得たりと私を指差した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る