Ⅱ-5.穴、そこはない。②

 ヨッカは採掘の疲れと精神的ショックで、あのあと気絶するように眠ってしまった。鍛えた身体のヨッカは重く、私とマレニの二人掛かりで連れ帰ることになった。


 オパエツはマルトン司祭と、ナナナの遺体を役場に運ぶ役だ。


 私は電車に揺られながら、現実感のない浮遊感のなか、宙空を見ていた。


 ナナナが死んだ。


 ナナナの魂石が割れた。


 ナナナはもう帰ってこない。


 私が前のナナナとお別れをして、そして新しいナナナに会ってまだ一年も経っていない。二年ずつズレている耐用年数の周期によって、同じ人との別れを二度経験することはない。


 去年ナナナとお別れして、来年はオパエツ、三年後にマレニで、五年後にヨッカ、七年後には私がみんなとお別れして。その繰り返し。


 私はマルトン司祭が言っていた言葉を思い出した。


「最近、僅かにですが、原因不明の魂石崩壊症候群――Sowil Collapse Syndrome(SCS)が報告されています。一説には『魂石自体の耐久性の限界』とも言われています。魂石を一〇〇〇年近く使った記録はありませんから、可能性としては十分にあり得ます」


 ズキズキと頭が痛む。


 呼吸が浅くなる。


「回避する方法はひとつです。新たな魂石を採掘するのです。私たちに現状維持の選択肢は無かったのです」


 そのときには既にヨッカは眠っていたのを覚えている。とてもではないが今さっき採掘に失敗した者の前でする話じゃないことは、司祭も重々承知していた。


 昨日のナナナは、魂石の耐久性の限界を分かって私のところに来たとしたら。


「私、嫌なヤツだ」

「イヨ?」


 思わず口にしていたことをマレニに聞かれて、私は慌てて口を抑えた。


「何か言った?」


 私は口を抑えたまま首を横に振った。


 ヨッカを挟んで座っていたマレニは座席を立って、私の隣に座り直した。ヨッカは窓に頭を預けていて、横には倒れなさそうだった。


「ねぇ、イヨ」

「なに?」


 マレニはしばらく床を見つめてから、何かを言いかけては口ごもり、やがて首を横に振った。


「なんでもない。駅に着くまで、ここに座ってていい?」


 私も「そうじゃないでしょ」とか「ナナナについて」とか色々浮かんだけれど、静かに肯いた。


「いいよ。お願い」

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