Ⅰ-4.家族選挙③

 全員が既に投票先を決めていたらしく、一分と掛からず、投票は終わった。


「せーの」


 イヨ→ヨッカ

 マレニ→オパエツ

 オパエツ→ヨッカ

 ナナナ→イヨ

 ヨッカ→イヨ


「俺とイヨが二票、オパエツが一票か。じゃあ話し合いだ。とりあえず一〇分で話そう。足りないと思ったら延長する」

「得票者のヨッカの匙加減で延長しては不公平だろ。一〇分後に再投票だ」

「あぁ……悪ぃ。オパエツの案を採用する」


 そんなに掛からないだろう、とその場にいた全員が思っていたけれど、オパエツが指摘したことも一理あった。


 ヨッカはキッチンタイマーを持ってきて、一〇分でセットした。


「じゃあ、イヨから席順に投票した理由を教えてくれ」


 私はコーヒーを一口飲みつつ、話すことを考えた。といっても、それほど複雑な話ではなかった。


「私がヨッカに入れた理由は、最近一番頑張ってるなって思ったから。この前のグレイズとか、負けちゃったけど、私はヨッカが成長したと思ったよ。以上」


 私はヨッカと話したあの帰り道を思い出しながら喋った。ヨッカにもそのことが伝わったようで、特に何も言わずに肯いた。


 続いてマレニが立ち上がり、投票理由を話した。


「私はオパエツがいいと思います! この前の歌劇♪ あのオパエツが人前で踊り、歌い、感動を届けた♪ あれを見たら誰も疑いようはないわ! 彼ほど挑戦に相応しい人はいないィ♪」


「俺はやらないぞ」


 歌い終えたマレニに、オパエツはぴしゃりと言った。


「オパエツ、今は理由を話す時間だぞ」

「……悪い。反射的に」


 マレニはクスクス笑って着席した。オパエツもルールを分かっていないわけではなかった。ただ、マレニの歌に引きずられて合いの手を入れさせられたように私には見えた。


 二度三度咳払いをしてから、オパエツが口を開いた。


「では俺の理由を。ヨッカだが、頭に血が上りやすく喧嘩っ早い。オマケに口も悪く品性がない」

「おいこら、悪口言う時間じゃねぇぞ」

「……ご覧の通りだ」


 凄むヨッカを、オパエツは軽く手であしらってみんなを見た。


 ヨッカは舌打ちして「続けろ」と言い、足を組んだ。


「情動的なのは人間に近い証拠だと言いたいんだ。付け加えるなら、ナナナの歓迎会の指揮、この家族選挙の仕切りも悪くない。石を叩かせるならヨッカの方が俺の数万倍向いてる。以上だ」


 オパエツは最後、マレニに向けて言ったようだった。


 マレニはどこ吹く風という笑顔で拍手してオパエツを座らせた。


 ヨッカはオパエツに褒められたのがむず痒いのか、そっぽを向いたまま「次」とナナナへバトンを渡した。


 マレニの向かいに座っていたナナナが、おずおずと話し始める。


「僕はヨッカもいいと思うけど、イヨ派かな。まだ来てひと月経たないくらいだけど、イヨはみんなのことよく見てるし、優しいから。どう、かな」


 ナナナはヨッカをちらりと見た。


 視線に気付いたヨッカは、ふっと笑って首を振った。


「ナナナ、ありがとう。投票は自分の感じたようにすればいいから、別に俺の顔色を伺わなくてもいいよ」


 ヨッカは、私やマレニ、オパエツの発言がないことを確かめてから、自分の投票理由を話し始めた。


「最後だな。俺はイヨがいいと思う。理由は絵だな。この前のグレイズの試合の後、イヨはこの絵を俺にくれたんだ」


 ヨッカは椅子の後ろからF3サイズの絵を取り出した。それはあの日の試合の最後のシーン、テネスの気迫の右回し蹴りに意識を失うヨッカを描いたものだった。


「これを、イヨがオマエに?」

「色んな意味で、信じられないかもしれないけどな」


 自分の負けた瞬間の絵だ。それを本人に贈るつもりはなかった。でも、頭の中に焼き付いて離れなかった光景を、あの日の夜、私は描かずにはいられなかった。


 夜中まで作業していて、明かりがついていた私の部屋にヨッカが来て「その絵、くれよ」と言った。


「……」


 私は黙って、ヨッカの意図を探った。みんなの前でその絵を見せたことに、私は動揺していた。


「負けたのはもちろん、めちゃめちゃかっこ悪いんだけどさ。俺、こんなにかっこ悪かったんだって、この絵を見てようやく気付いたんだよ。イヨにはこんな風に映ったんだって。イヨはいい絵を描く。だから投票した」


 ヨッカはみんなに見えるように、絵をテーブルの真ん中に置いて、話を終えた。


 マレニとナナナが身を乗り出して、私の絵を見た。オパエツも、気になっているのを周りに悟られないように、横目で見ている。


 私は、話題を自分の絵から逸らしたくて、手を上げた。


「それじゃあさ、どうする? もう一度議論する?」

「その前に、さっきの話の続きだが」


 オパエツが手を上げた。全員の注意がオパエツに向く。


「マレニ、俺は最多得票者になっても採掘には行かないぞ。はっきり言って、俺は人間になることに興味がない」

「被選挙権の放棄は投票権の放棄になって、私たち四人じゃ充足人数満たせなくなっちゃうよ?」

「システムの話ではなく、態度で示している。マレニがイヨとヨッカ、どちらに投票するかでこの話は決まるんだ。いつまでも俺に投票して、会議を長引かせるな」

「オパエツ、これから本投票で全員お前に投票したら、システム上はお前になるからな」


 凄むヨッカに、オパエツはたじろいだ。


「今、六割くらいの確率でお前に入れる気がする」


 私も今すぐ本投票が始まったら、オパエツに入れる気がする。マレニと合わせて過半数だ。


「冗談はさておき。それぞれ、意見を聞いて改めて投票先は決まったか?」


 ヨッカの質問に、全員肯いた。


「じゃあ、本投票を行う。本投票は無記名投票制。同率の場合は再投票になる。全員、投票してくれ」


 視界のWRに投票画面のウインドウが現れる。各人の投票画面は本人にしか見えないようになっていた。私は「ヨッカ」の名前をタッチして、投票した。


 どうか、私が当選しませんように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る