Ⅰ-4.家族選挙①

 マレニとオパエツの歌劇から数日が経ったある昼下がり。私は自分の部屋で、オパエツと二人、向き合って座っていた。


 別に見つめ合っていたとかではなく、私がオパエツの肖像画を描きたかったのだ。


 画材は絵の具。模人の持てる最大の能力を発揮すれば、一瞬で目の前のものの模写はできる。でも、それは人間的でないし、そんな写真めいた絵を何枚描いたって、人間になれるわけではなかった。私はカメラになりたいわけではない。


 その点、絵の具は乾くまでに時間が掛かるし、焦れば色も変わってしまう。時間が経てば、描く対象物も動いて、一〇分前の対象物と今の対象物を一枚のキャンバスに描く必要性が迫ってくる。そこに私の解釈が挟まり、杓子定規な模人から、人間に近づくことができる、と、思っている。


「本当に肖像画を描くためだけに呼んだわけじゃないんだろう?」


 オパエツはオパエツで、PCをいじりながら私に描かれていた。これが全然姿勢を変えない、比喩通りロボットのようなヤツで、描き甲斐というのがなかった。


 言うとおり、描くために呼んだわけじゃないからいいのだけれど。


「実はね、この前オパエツとマレニの歌劇のフィナーレあったでしょ、ブリンクが終わって、二人の姿が出てきた瞬間」

「ああいうのを奇跡って言うんだろうな。俺もあそこまで上手くいくとは思ってなかったよ」


 オパエツは抑揚のない声で言った。


「あのときね、また見た。幽霊」

「本当か?」


 今度は明確にオパエツの声の調子が上がり、顔をこちらに向けた。


 私は肯いた。


「下手側の観客席かな。まさかとは思ったんだけどさ、何度思い出しても、幽霊が現れる直前、つまりブリンク中はそこに何もなかったんだよ」

「ということはその幽霊はWRタグが設定されているなにかしらではないということか」


 実体を持たず、WR上にしかいない、それはまさしく「幽霊」以外に形容の仕方がなかった。


「オパエツは舞台上から見えなかったの?」

「あのときは俺も精一杯だったからな。ナナナやヨッカは?」

「見てないって。ナナナには心配されちゃった」


 ナナナに関しては、私と同じ場所にいて「幽霊」が見えていない状況は二回目だ。ナナナ自身も不安だろうけれど、今回はヨッカも見えていなかったので、自分の心配より私の心配をしてくれたんだと考えられる。


「確かに、世界の不思議というより、イヨの頭がおかしいと結論づけた方が話は早いな」

「そんな」

「冗談だ。ナナナの遺品とこの前の劇じゃ、接点も掴めない。あと一回どこかで見れたら、何かしらの条件が見えてくると思うんだけどな」

「それまでは考えても仕方がない、ってこと?」

「そうなるな」


 もう少し空想力を発揮して欲しいと思ったけれど、それが足りないのは自分も同じなので、強くは言えなかった。


 ちょうどいい頃に、部屋のドアがノックされた。生返事をすると、廊下にいたのはヨッカだった。


「今から時間ある? 選挙しようと思うんだけど」


 そんな時期か、と声にせずともオパエツと目を合わせて私たちは立ち上がった。


「すぐ行く」

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