I-1.一ヵ月前の再会③

「二階のすぐ左手にあるのがマレニの部屋。歌っているのが廊下までよく漏れているけれど、自分の部屋にいれば気にならなくなるから」

「うん」


 私はナナナを部屋に連れていくついでに軽いルームツアーをすることにした。我が家は二階建てで、一階が共用スペース、二階が個人の部屋という間取りになっていた。


「トイレを挟んで、左の奥にあるのがヨッカの部屋。たまに喘ぎ声が聞こえるけれど、大抵はトレーニング中だから、これも気にしないで」

「はぁ」

「廊下を挟んで右手側。手前が私の部屋。大体絵を描いてるから、二人と違ってうるさくはないよ」

「うん」


 私は右手側の奥の部屋-私の隣の部屋の扉を開き、ナナナに中を見せた。


「ここがナナナの部屋。荷物は端っこに固めてあるから、自分で荷解いて。手伝いが必要ならいつでも呼んでいいから。ベッドの位置変えてもいいけれど、今日はそこで寝て。明日以降、手が空いてる人が手伝ってくれると思うよ」

「ありがとう。オパエツの部屋ってどこなの?」

「オパエツの部屋は一階。玄関入って右がリビングだったでしょ? 左に行くと洗い場があって、その正面の部屋がオパエツの部屋。でも、入らない方がいいよ」

「なんで?」

「PCの山なんだよ。画面にかじりついてこっち見ないし。人間になる気がないんじゃないかな」

「ふぅん」


 ナナナは少し考えこんでから、また「ありがとう」と笑った。


 私も「おやすみ」と微笑み返し、ナナナの部屋を出ようとしたとき、ナナナが慌てたように私に呼び掛けた。


「あのさ、マレニって、ご飯作るの、好きなのかな?」

「嫌いじゃないと思うけど」

「じゃあ、僕がご飯作りたいって言ったら、迷惑かな。みんなの役に、僕も立ちたくて」


 私は思わず吹き出した。その様子にナナナは驚いて、おろおろした。


「ごめんごめん。いいと思う。むしろお願い。みんなナナナの料理を待ってるから」

「そう、かな」

「うん。マレニは料理作るの好きだけど、それ以上にナナナの料理が好きだよ」


 私がそう答えると、ナナナは今度はふわりと柔らかな笑顔を浮かべた。


「なら、よかった」


 マレニの料理は確かに美味しいけれど、浮き沈みが激しいのが玉に瑕だった。平たく言えば、気分による当たり外れが大きい。ナナナがいない一週間のうち、四日間は外れだった。ナナナがいない寂しさは共感できないわけではなかったけれど、外れの時は食べれたものではないのだ。私はナナナの「料理を作る」という言葉を引き出したことを、心の中で全員に誇った。


「じゃあ、明日から作るね」

「うん、楽しみにしてる」


 そう言って手を振った、そのときだった。


 部屋の奥でまとめてあったナナナの荷物の近くで、ヒト型の何かがスーッと横切ったのを私は見た。


「えっ」


 声に出した私の視線を、ナナナが追う。


 しかし、その何かは壁に吸い込まれ、そして消えてしまった。


 驚いて固まった私とその視線の先の壁をナナナは交互に見ている。


「……幽霊が、いた」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る