第6話「勇者の意地」
地下の静寂を破るように、鈍い衝撃音が再び響いた。
「……この先、ですね」
アルベルトが杖を軽く構え、足音を消すように先導する。
ボクも剣を握り直し、彼の隣に並んだ。
奈落の奥――かすかに続く通路を進むごとに、空気が変わっていくのが分かる。
冷たいだけではない、どこか澱んだ“気配”が肌にまとわりついてくるような感覚。
そして、その先。
広がる空間には、光を反射する無数の鉱石――いや、魔石のような結晶体が岩肌に浮き出ていた。
その周囲を、ガリ……ガリ……と鈍い音を立てて削っている存在がいた。
「……死霊兵ですね。数体はいます」
アルベルトが低く呟いた。
骸骨の兵士たちが、無言で斧やつるはしを振るい、壁を採掘している。
その動きに生気はない。ただ命令に従っているかのような、機械的な反復。
「なんで……こんなところで……」
問いかけたその瞬間――
一体の死霊兵がこちらに反応した。音を立てぬまま、赤く光る眼窩をボクたちに向ける。
そして、ガクンと頭を振ると、仲間たちも次々とこちらを振り返り始めた。
「――戦闘、避けられませんね」
「くっ……!」
死霊兵たちは武器を握り、がしゃがしゃと音を立てて迫ってくる。
ボクは剣を抜き、アルベルトは詠唱を始める。
「《雷槍展開・ランブルストライク》!」
アルベルトの詠唱に合わせ、宙にいくつもの雷の槍が現れ、死霊兵に突き刺さる。
爆ぜる雷光、砕ける骨。
だが、それでも止まらない。
死霊兵たちは雷に焼かれながらも、なおも前進を続ける。
「なるほど……中々にタフですね」
ボクは懐に飛び込み、一体の死霊兵を斬りつけた。
骨を断ち、力を込めて一撃を加えるが、それでも完全には崩れない。
「ヨルト君、左! 二体来ます!」
「くっ……間に合わない――!」
その瞬間、背後から飛来した魔法弾が死霊兵を吹き飛ばした。
「感謝する……けど、数が多すぎる!」
斬っても、焼いても、次々に蘇るように現れる死霊兵たち。
――そして。
空間全体が、突如として沈黙した。
「……止まった?」
死霊兵たちが一斉に動きを止める。
その背後、暗がりの中から、骨に布をまとったような異様なシルエットが姿を現した。
「久しいな、アルベルト。まさかこの地で再び相まみえるとは――まるで物語の舞台にでも立っているようだな?」
その声は低く、乾いて、どこか愉悦に満ちていた。
現れたのは――
「……六将“ネクロマ”」
アルベルトの声に、わずかな硬さが混じる。
「相変わらず、感情の起伏に乏しい男だ。だがまあ、そこがいい。千年前と何も変わらんな?」
「貴方は、あのとき“終わった”はずです」
アルベルトが杖を構え、ヨルトも自然と隣に立つ。
だが、ネクロマの気配は圧倒的だった。
「アルベルトにしか見えない領域だ……でも、ボクもここにいる。勇者として!」
ネクロマが嘲笑う。
「愚か者。その名と役割を背負ってなお、理解しないか。――ならば、教えてやろう」
ネクロマの杖が動き、闇が走る。
「下がりなさい、ヨルト君!」
「――いや、ボクにも意地がある!」
ボクは剣を振るい、迫る闇に立ち向かう。
ネクロマの杖から放たれた闇の波動が、空間を染めるように広がった。
ボクは剣を掲げ、真正面からその一撃を受け止める。
――重い。
身体が、骨の芯から軋むようだった。
「ふん……勇者とは名ばかりか。貴様は凡愚の象徴だ」
ネクロマが侮蔑と共に放つ第二波。その呪詛がボクの足をすくい、思考を鈍らせる。
剣が震え、膝が落ちそうになる。
脳裏に、これまでの“劣等感”が駆け巡る。
剣ではダランに敵わない。
回復ならリティアのほうが上だ。
器用さも、知恵も、ルーシーには到底及ばない。
そして、アルベルトのような“圧倒的な力”も――
「そんなボクが……勇者でいいわけないだろ!」
自分でも驚くほどの声が出た。
叫びと共に、感情が溢れた。
ボクはただ立っていただけじゃない。
選ばれただけじゃない。
それでも、ここまで来た。
「それでも、ボクはここにいるんだよ!」
剣を振るう。届かないと分かっていても、振るう。
だが、ネクロマの一撃は重く――
「くっ……!」
ボクの動きを読んだように、呪縛の魔法が足元を絡め取る。
「無様だな。貴様のような半端者が、勇者などと……笑わせる」
杖が振り下ろされる。
その瞬間――
間に入った影があった。
「っ……! アルベルトさん!?」
彼の障壁が、呪詛の直撃を防ぐ。
無表情に見えたその顔に、確かに“焦り”の色があった。
「……ヨルト君、下がりなさい。今の貴方では、コイツには勝てません」
「でも、ボクには……ボクにも意地が……!」
言葉を遮るように、アルベルトが静かに言った。
「貴方が勇者なのは、間違いない事実です。高い魔力耐性を持ち、剣と魔法をバランスよく使える。
その素質はいずれ、ダランさんもリティアさんも、私すら超えるでしょう」
「え……?」
「今はまだ、途中なのです。――だから、集中してください。
その聖剣に、貴方の想いと“光”を。――イメージを、強く」
その言葉が、胸に刺さった。
ボクは、自分を信じていなかった。
仲間を信じることはできても、自分を信じるのが一番難しかった。
でも、今。
信じてくれる人がいる。
「――うおおおおおおおおッ!」
ボクは咆哮と共に、剣を構える。
イメージする。
仲間と、戦ってきた日々。
皆の背を、必死で追いかけた時間。
何もできなくても、それでも立ち続けた自分。
「この剣に……ボクの、想いをッ!」
聖剣が、光を放った。
まばゆい閃光が空間を切り裂き、ネクロマの詠唱をかき消す。
刹那、剣がネクロマの胸を貫いた。
「な……に……!?」
不死の魂を持つ者ですら、その衝撃には抗えなかった。
ボクは剣を引き抜き、後ろに跳ぶ。
ネクロマは膝をつき、片手で胸を押さえる。
「……愚か者が。……だが、面白い」
歪んだ笑みを浮かべたその男は、杖を地面に突き立てた。
魔法陣が展開される。
「今日のところはこれまでだ。――次こそは、“完全な終わり”を与えてやる」
そう言い残し、彼の姿は闇に溶けるように消えた。
⸻
静寂が戻った。
ボクはその場にへたり込み、肩で息をした。
「……ふぅ……」
「お見事でした、ヨルト君。貴方の剣には、確かな意志が宿っていた」
「……あんな風に言われると……なんか、素直に嬉しいな」
アルベルトが小さく笑う。
――この人も、確かに“仲間”なんだな。
⸻
「わ~い、やっと追いついた~!」
突如、背後から賑やかな声が響いた。
振り返ると、大きなリュックを背負ったルーシーが駆けてくる。
「って、なにこの空気!? ボス戦の後!? ねぇ!? 私だけ別ルート!?」
彼女の声が、洞窟に響いた。
そして、三人で顔を見合わせた瞬間。
――少しだけ、笑い声が漏れた。
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