二十四話 レディするとは、盤面に出ているカードの向きを横から縦にすることである
例えば、ライフが0になる。これは敗北。
例えば、メインデッキが0になってカードがドロー出来なくなる。これも敗北。
例えば、サレンダーを宣言する。これもまた敗北。
逆に言えば相手のライフを0にする、メインデッキを0枚にする、サレンダーをさせる。これは勝利になる。
敗北するということは相手が勝利することであり。
勝利するということは相手が敗北になることである。
勝利と敗北は裏表だ。
けれど、特殊勝利はそれに値しない。
一方的な条件を満たせば、勝利することが出来る。
こちらは敗北になる。
唐突に、何の前触れもなく、覚悟する時間もなくて。
それがどれだけ
明るくいつも知っている道を歩いていたら、突然首がずり落とされる。
そんな恐怖を、私は知った。
だから。
「秘宝<掃討戦の末路>を発動。これは私のアップキープ時に、墓地にクリーチャーが20枚以上ある時勝利します」
「セットされた掃討戦へ、瞬間魔法<状況膠着>! ライフカードを除くカード1枚をデッキトップへと戻し、私はカードを一枚ドローする!」
だから。
「魔法<多発的伝導爆破>を発動。墓地に眠る魔法カードを20枚除外し、精霊狩りへ20点ダメージを与えます」
「瞬間魔法<相殺>で打ち消すよ!」
だから。
「魔法<蠢く肉の染み>を発動。墓地に眠るクリーチャーを20枚除外し、そちらの少女へ20点ダメージ」
「瞬間魔法<変換吸収>で打ち消し! それを打ち消し、ライフを3回復する!」
だから、必死に妨害を打つ。
一発で、ライフが残っていても、デッキが残っていても負ける。殺される。
一発で消し飛ばされそうなカードを必死に打ち消す。
どうか間に合えと祈りながらカードをドローする。
そのためのコストを残さないといけない、対抗できるカードを引く。
だけど、途切れない。
相手の即死するようなカードが途切れない。
二人がかりで戦っているのに、相手の攻撃が重すぎて必死に捌くしか出来ない。
こっちのデッキにはあと何枚妨害が残ってる?
あと何枚除去が出来る。
ジリジリとライフが削れていく、生命が燃えていく。
相手のライフよりもなによりもカードの枚数が違いすぎる。
このままだと……
「私のターン!! ドロー! ……ユウキ!」
こちらへとサレンさんの目配せ。
その意図がなんとなくわかった。
自分の土地を見る、墓地を見る、手札を見て……頷く。
「――私は、手札から<
サレンさんがカードをセットすると同時に、その手が青白い光を帯びる。
「ほぅ」
「虹道の超越の効果! 私はデッキトップから7枚カードを捲り、公開する!」
掴み取るように、デッキトップから引き抜いたカード。
それが翳されると同時に、外の夜闇を塗りつぶすように七枚の道が、それに沿って7枚のカードが幻影が浮かび上がる。
「これら全てが違う色……すなわち別名カードだった場合、そのうちの一枚をコストを払わずに使用が出来る!」
「当然、全て違うカード。ハイランダー使いのみに許された合理的戦術」
「私が選ぶのは――<孤高の天狼・ヴァイスファング>!!」
7枚のカード、そのうちの一枚を引き抜き――サレンさんはボードへと重ねた。
「束ねし七色
王者は、虹の橋を駆ける!
唯一無二なる白銀の牙、見るがいい!
君臨せよ、孤高の天狼・ヴァイスファング!」
現れたのは7/7の強大なクリーチャー。攻撃を当てさえすれば一撃で7つものライフを、土地も残さずに削り取る唯一無二のカード。
かつて私を苦しめた白き巨狼だけど、それが今味方だということがとてつもなく頼もしい。
「残った6枚をデッキに戻し、切り直す」
デッキに戻されたカードが、ボードの機能で自動的にシャッフルされていく。
「さらに魔法<抱き寄せ>を発動。手札の一枚を捨てて、カードを2枚ドロー」
強い。
ライフカードをセットしないで、代わりに新しい手札を2枚引き入れた。
長期戦になると余りがちな土地とかもああやって使えるんだ。
「ターンエンド!」
サレンさんのターンが終わる。
まだ土地が数枚に、手札も残ってる。
そして、ターンが回る。
「中々にしぶといですね」
なんとかクリーチャーは斃したけど、未だに殆ど傷もない。
絶望的な高さを誇るバベルデッキの少女に。
「サードプランへと移行します。私のターン、ドロー」
ライフカードが排出される。
メインデッキから一枚手札に加わる。
その生命が削れてるはずなのに、少女の顔は変わらない。
膨大な見上げるばかりのデッキは何十、数百枚にも削れてもなおまだ高い。
まるで天を突くような威容。
「そろそろ妨害札は品切れでしょう?」
「なに」
「そちらの少女はブレイバーデッキに除去・妨害を多少割り増しにしただけ。精霊狩りのデッキはヴァイスファングをフィニッシャーにした撹乱ランプデッキといったところでしょうか。その妨害と盤面の維持は大半が精霊狩りのサポートで保たれている」
そう。
私が剣だとするなら、サレンさんは盾だ。
ヴァイスファング自体、見たことがないぐらいに強力過ぎるアタッカー。
これさえ出して殴れば殆ど勝負が決まる。
それを通すためのデッキが……ランプというデッキ? なんだと思う。
でもここまでの私は殆ど役に立ててない。
まるでデッキが怯えてしまったかのように、攻撃に出られない。
だからこそあの特殊勝利の連打にも耐えられたとも言えるけど……
「つまりそこが貴方たちの底です――メインフェイズ、クリーチャーをプレイ」
「4オドを支払い、<
見上げる。
「えっ」
それは天井、建物の天井があるはずだった。
それが白く、輝ける黄昏の空へと変わっている。
「な、まさか!?」
周囲を見る。
それは夜空の見えるビルの最上層じゃなかった。
そこは塔。
高い高い石造りの塔の最上階だった。
「膝を突け。屈せよ。見上げることはままならぬ、それは天に座すいと高きものなれば」
上に。
空の遥かな上に、光が差す。
光の欠片が集まって道に、そこからなにかが。
巨大な何かが。
「支え、踏み潰されることを――栄誉とせよ」
降りてきた。
光を纏って――轟音。
世界が激震した。
「きゃあ!?」
「なぁ!?」
衝撃に揺れて、倒れる。
膝を突いて、それが納まるまで必死に耐えながら見た。
巨大な蝿だった。
光を纏う、巨大な石像のような形と無数の腕を持つ異形の蝿。
その足元には――踏み潰されたような誰かたちの死骸が散らばって、赤いカーペットのように惨たらしく広がっていた。
そのパワーは――
「13/13!?」
ありえない数字が見えた。
「通さない! その召喚に対して、3コストで瞬間魔法<切り崩し>! それを打ち消す!」
「通します。3オドを支払い、瞬間魔法<却下>を発動して打ち消し。コスト軽減をされると踏んで握っていましたか、カードのドローをどうぞ」
「ッ、1枚ドローする」
実体化の終わった巨大な蝿が、全身から震え上がるような気配を、圧力を放っている。
「召喚に成功」
そして、その巨大なるクリーチャーは静かに……腕を組んだ?
「<
なにそれ?
じゃあ動けないってことじゃ。
「ゼブルは場に出た時、デッキの一番上から10枚墓地へと捨てます」
バベルデッキが再び崩れる。
バラバラと上から崩れ落ちていき、そのカードが墓地へと落ちる。
それは今までと同じように盤面に出ることもない、見たことも見覚えもあるクリーチャーや魔法のカードで。
そのカードが見えた。
≪なんてことを……!≫
「アリーシャ?」
≪あいつ、あいつのデッキは……!≫
「天に座すゼブルの能力を発動――墓地から10枚、カードを除外することによって
血が吹き上がる。
墓地から、少女の墓地から血しぶきが上がる。
その音が、吹き荒れる風の唸り声が、悲鳴のように聞こえた。
いや悲鳴だった。
≪カードたちが、踏み台にされている!!≫
「いいえ、礎です」
アリーシャの悲鳴に、子供社長が淡々と答える。
「精霊が見えているの?!」
「はい。その機能は有しています」
「だったら……だったらなんで!!」
あんなにも悲鳴を上げているのに。
あんなことがなんで出来るのか。わからない。
痛すぎて。
悲しすぎて。
怒りすぎて。
涙が何故かこぼれて出る。
「――
「えっ」
「レガシーカード。そのクリーチャーはそういうことなんでしょう」
レガシーって確か、店長さんも前に言っていた。
「力のあるカード、意思も生命さえも宿す。文字通り大いなる力を宿した
デッキを支配?
そんな特殊な力を宿してるカードがあるの?
≪レガシーカードは、私たち精霊にとって特別な器なんだ≫
「特別な器?」
≪そう。あまりにも強大で、かつて世界が分割される前に存在したといわれる
「世界が分割?
≪世界が開かれる前の≫
「違います」
「は?」「ふぇ?」≪え≫
「聞こえませんでしたか? 天に座すゼブルはレガシーカードではありません、私にはそれを扱う権限は与えられなかった」
「馬鹿な! その感じるプレッシャー! 強大な威迫! レガシー以外のなんと」
「人造レガシーカードです」
「じん……ぞう?」
「リファイン……デチューン……いえ、
「!? ならどうやってバベルデッキを、そんな枚数のデッキを……」
「17億。それがこの6616枚からなるバベルデッキの建造費です」
言葉が出なかった。
高いカードを使っているとは思った。
枚数もあると思った。
けど、あまりにも、あまりにも途方もなさすぎる。
「メガバベルは、精霊にシステムを、経済を委ねることをしません。このデッキはそのための機構です」
システム?
経済って。
「っ、精霊を、ファイターたちを何のために使っている!? あの装置は一体……!」
「――この不安定な経済秩序を安定化させるためです」
「安定?!」
「現代の世界は歪んでいます。政治、国家、経済、その全てにLifeの……カードに支配されている。方舟教会の【
長く長く、淡々と言葉を紡ぐ少女。
まるで説明をするように。
ううん、説明をしているんだろう。
「我々の
だって。
まるで、教えられた言葉をそのまま答えているようなんだから。
「我々の経済は、我々人類の歴史そのもの。そのシステムを奪還し、安定化させる。そのためのメガバベルです」
「奪還……ううん、違う! それは支配だ!」
「ユウキ?」
わかった。
違和感に気づいた。
彼女のデッキを、言葉を聞いて、たくさん聞いてようやくわかった。
「――教えて!」
「なんでしょうか」
「あのデッキは、何人で造り上げてるの!」
デッキの中に輝く光を見た。
助けを求める声を、踏みにじられ続けている叫びが聞こえた。
「616
「ッッッ!!」
「そんな、そんなに!?」
「安心してください。プロジェクトが進めばもっと少ない数で安定化が出来る予定です」
「そうじゃない!」
違う!
違うのだ。
間違ってるんだ。
「人を踏みつけて、それで勝って何の意味があるの!?」
「何の罪もない人たちを犠牲にして、お前たちになんの正義が……道理がある!」
私は叫んだ。
サレンさんも叫んだ。
たまらずに言わずにはいられなかった。
「――経済とは少数の犠牲を生み出しながら、それ以上の成果を生産するためのものです」
だけど。
言葉は届かない。
「そんなことはない!」
「そんなことであってたまるか!」
「事実です。絶対多数の幸福のために、全てがマワッている。ハグルマとは経済というシステムを動かすためのパーツ、それが摩耗すれば交換し、システムを動かし続ける。それが理念であり、責務です」
「誰もそんなの認めない!」
「いいえ、全ては人の社会のために。道理のために、ハグルマでいいのです」
「それは踏みつけるものの道理だろ! 貴方たちの身勝手にすぎない!!」
「身勝手? それも違います」
ピクリと、私たちの言葉に少女の顔が歪んだ。
そんな気がした。
「私は――メガバベル日本支部社長。その役割のために配置され、人類の経済を奪還するための柱です」
けれど、それは一瞬で。
錯覚だったようにも思えた。けど。
「柱って……そんなの、人を物みたいに!?」
「はい。私は、そのための機材です」
何度目だろうか。
けれど、今日一番に言葉を失った。
「き」
言葉が出なかった。
「ざい?」
機材? 機材って……そういえば、この子、名前も言っていないような。
「……さて、話は以上ですか」
巨大なクリーチャーを後ろにそびえさせたまま。
「では、最後に天に座すゼブルの能力を解説します」
子供社長が。
「ゼブルはパワー13・タフネス13のクリーチャー。貫通と破壊不能の常在能力を持ち」
少女は。
「このカードがいずれかの場所から墓地に落ちた場合、墓地のカード全てをメインデッキに加えて”切り直します”」
名も無い子供は、さらりと言った。
「以上です、ターンエンド。サレンダーは認めます」
私たちの目の前の道が塞がれたような音が聞こえた。
一歩進めば、一歩縮まる。
一歩退けば、一歩縮まる。
一見変わらない状況でも、変化は足元で起こっている
――状況膠着
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