終幕

 光の爆発の中でノヴァ達を守るべくタラゼドが左手を前に出して結界を作り出し、だがあまりにも強い衝撃は完全には殺し切れず吹き荒れる風は結界を通り抜けてしまう。


(力と力の奔流……! 勝負は……)


 やがて風が消え、光が消え、粉塵舞い散る中に二つの影が浮かぶ。エルクリッドとバエル、二人のリスナーは相手を捉えたまま佇んでいた。

 ノヴァが這うように動いて立ち上がり、しばしの沈黙が続く。やがて土煙がほとんど晴れた時にバエルの右腕からぽたぽたと血が流れ落ち、フッと彼は小さく笑う。


「血を流したのも久しいな……だが……」


 一瞬バエルがよろめくが立ち続け、刹那、ぐらりとよろめき、全身から血を噴き出して倒れたのはエルクリッドだった。

 何が起きたのかノヴァは理解できず思考が停止、完全に視界が戻ったと同時にふるふると身体震え、目にこみ上げるものが身体と心を動かす。


「エルクさんっ! エル、エルクさん!!」


 呼びかけ揺らしてもエルクリッドは目を開けない。傍らには白黒の絵柄となったヒレイのカードが静かに落ちているのみ。

 と、ぽろぽろ涙を流すノヴァはか細くも聞き覚えのある寝息を耳にし、エルクリッドが傷つきながらも眠っているとわかり笑みがこぼれた。


(よかった……いきて、生きてます……!)


 タラゼドも傍に来てエルクリッドをぎゅっと抱き締めるノヴァを見て微笑み、次いで、カードをカード入れへと収納したバエルの方へと歩み寄り、彼が目を向けたのに合わせて口を開く。


「あなたの勝ち、のようですね」


「……当然の結果に喜びなどない」


「と言いつつ、不満そうですね」


 フンとタラゼドに答えずにバエルは背を向けゆっくり歩き始め、途中ピタリと止まりしばらく何かを考えてから振り返らずにタラゼドに言い放つ。


「目を覚ましたなら伝えておけ、俺を倒すつもりならば今以上に力をつけろとな。力なくして得られる明日などないと」


 期待なのか、余裕か、どちらにしても伝言をしたバエルの後ろ姿がタラゼドには懐かしく見えた。その昔見たものと同じ、好敵手に向けて言い放ったものと同じ姿に思えた。


(バエル……あなたもエルクリッドさんを通して変われるのかもしれませんね……)



ーー


 パチッとエルクリッドが目を開けた時、そこは見覚えのある薄暗い部屋だった。

 むくっと身体を起こすとズキッと全身に痛みが走り、否が応でも覚醒を促される形となり改めて周囲を見回す。


(ここは……賢者様の神殿、だよね? あたし……)


 月明かり射し込む賢者リムゾンの神殿の一室。覚えのある感触のベッドは少し固く、自分の身体の傷は塞がってこそいるが所々痛みが残っている。

 服は一度脱がされたらしくローブを着せられ、起き上がって確認してみたが丈も長く動き難く、むぅと唸ってから畳んで置かれていた自分の服に着替え直す。


(負けちゃったな……ある意味、当然、か……)


 着替えながら敗北を冷静に受け止め、小さくため息をつきながら少しずつエルクリッドはバエルとの戦いを振り返る。

 何処まで手加減していたのかはわからないが、今の自分にしてはやれた方とは思いたい。無論、シェダとリオの二人の協力があってこその結果、一人では恐らく肉薄する事はできなかった。


(……ノヴァにも、心配かけちゃったな)


 倒れた時に微かに覚えてるのはノヴァの呼ぶ声と、彼女に抱き締められた感触、微かな温もりが残っている。


 悲しませてしまったと思うと罪悪感が強くなる。守るべき存在、慕ってくれる存在を泣かせてしまったのは不覚の極み。

 ジャケットに袖を通し手袋をしっかりと嵌め、ベルトを巻いて頭にゴーグルを装着。最後に、カード入れへそっと手を伸ばし、月明かりの中でぎゅっと抱き締めた。


(皆……負けちゃったね……ごめん)


(お気になさらず……我々も、まだまだ強くならねばなりません)


(くぅん……)


 まず心に語りかけてくれたのはスパーダとダイン。セレッタとヒレイは気配こそあれどすぐに答えず、少ししてから声が心に響く。


(麗しきエルクリッドが生きてるなら……僕はそれでいい)


(あの時から確かに強くなったのは確信できた。また修行を続ければいい、そうすればいつかは……な)


(ありがとね皆。今はゆっくり休んでね)


 微笑みつつカード入れを腰に装着するエルクリッド。深呼吸をして、両頬をパンっと叩いて気を引き締める。


 と、部屋には自分と自分の荷物しかない事にエルクリッドは気がつき、同時に他のベッドのブランケットの乱れから同室の誰かが起きていると察した。

 まだ痛むがすぐには寝付けられないのもあり部屋の外へ。先日のように静かな廊下を進み、やがて辿り着くのは白の小石が敷き詰められた中庭だ。


「あ、エルクさん!」


「おはよーノヴァ、って今夜だけどね」


 庭石の上に座ってたノヴァが満面の笑みでこちらに気づいてやって来たのに合わせ笑顔で返し、片膝をついて高さを合わせニコッと微笑む。

 と、中庭には柱によりかかるシェダと、ノヴァの隣に座っていたリオ、そして低い庭石に座るタラゼドの姿もあった。


「皆……起きてたんだね」


「理由は多分同じだろーぜ。ま、いいけどな」


 肩を上げて落としながらシェダがそう言い、エルクリッドもあぁそうかと納得ができた。

 ノヴァの手を引いて彼女を再びリオの隣に座らせ、自分は皆の中央の場所に立って静かに空を見上げる。


 今日もよく星が見える夜。大小様々な星が瞬いて美しく、儚く、だが、見てる内に心が落ち着く。


 しばらくエルクリッド達は星を眺めていた。赤青黄に輝く星、弱々しくも確かにある星、強く存在感を示す星、星同士が結びつき星座を作っているものも。


「あたしさ、昔も今みたいに星を見ながら強くなりたいってヒレイと誓ったんだ。でもまだ遠いなぁ……」


 明るくも何処か寂しげな言葉を口にしたエルクリッドに視線が集まる。

 因縁の相手と邂逅を果たし、挑み、負けて、一番悔しいと思っていたが、と、皆が感じるものはエルクリッドが一番よくわかっていた。


「……悔しさはあるんだけどさ、強くなりたいって方が強いんだ。もっと強くなりたい……あたしは、まだ弱いから」


 それに対し何かを言うのは難しく、結局誰も何も言えないまま時は過ぎて自然に各自部屋に戻って眠りにつく。


 まだ今は戦って間もない。せめて朝まではと。

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