攻勢

「仕事の時間だよ、セレッタ!」


 赤き瞳に宿る闘志を魔力へ伝え指先へ、そこに挟まれるカードに宿るアセスは青き光と共に解放されて現に降り立ち、水馬ケルピーセレッタは壮麗なる姿を見せる。


 すっと頭を上げながら相対するガーゴイルを捉えると、セレッタの青白い目が細くなり普段以上の水気を全身に纏い流動させていく。


「落ち着いてセレッタ。勝てるものも勝てないよ」


「落ち着いてはいます。ですが、忘れられないものの方が強くなるのも致し方ないでしょう……!」


 いつになく猛るセレッタの言葉にエルクリッドはそれ以上返さず前を見た。

 怒りの代弁者。全てを奪われたあの日の時にセレッタもいた、スパーダも、ヒレイも、そして負けて傷つき今度こそはと誓っている。


(あたしは負けない、今度は折れない……!)


 エルクリッドの瞳の輝きが強くなり、応えるように右隣に立つリオが静かにカードを二枚引き抜く。

 反対隣のシェダも同様にカード入れに手をかけ、ふーっと息を吐きながら心を鎮め戦い方を考えながら次なるアセスを選択する。


「流石に強え……だがタダで終わるのもゴメンだな! 出番だぜタンザ!」


 ビショップオウルのメリオダスと入れ替わりでシェダが召喚するのは白銀の鱗を持つ大蛇タンザ。

 ゆっくりとぐろを巻く姿は優雅ながらも肝の座った風格があり、続いてカードを使うのはリオだ。


「スペル発動ヒーリング、ツール使用バスターアックス」


 柔らかな緑の光がクー・シーのランの身体を包み込んで負傷を癒やし、全快とはいかずとも戦える程には回復させた。

 大剣を背負うと共に天より回転しながら落ちてくる両刃の大斧をランは手にし、その重さを気にする素振りを見せずに両手で持ちバエルとそのアセスのガーゴイルを捉える。


 本来ならば、相手が準備を終えるなど待たずに攻めてアセスを撃破してしまうものだが、バエルはそうせずガーゴイルも石像のように佇むのみ。

 それだけ格下に見られているということなのか、あるいは、こちらの全力を引き出した上で叩き潰すつもりか、どちらにせよ余力があるのは確かだ。


「ランが先に行く。二人共、続いてくれ」


「うん、あたしのセレッタは魔法で攻めるよ」


「ならうちのタンザはあいつを止める。一瞬だとしても、十分なハズだ」


 互いにやるべき事を伝え合い、ぐっと身体に力を込めた各々のアセスが動き出す。

 バスターアックスの重さを気にさせない俊敏さを見せるのはラン、次いで蛇行しながらタンザも機敏な動きを見せ、セレッタは水気を周囲に集めて攻撃の準備へ。


 ランが迫ってもガーゴイルは動かず、やがて間合いに入ったところで真一文字に振り抜かれるバスターアックスを身軽に跳んで避け、刹那にタンザがガーゴイルの真下から身体を伸ばして一気に足から這って全身に絡みつく。

 さらにそこへガーゴイルを影が覆ったかと思うと、頭上に大きな水の塊が現れ、タンザが瞬時に離れると共に水の塊がガーゴイルへ落下し閉じ込め、そこへ大きく跳躍したランが縦一文字にバスターアックスを振り下ろす。


 ランの雄叫びと共に後ろへ突き抜ける程の衝撃波がバエルの真横を掠め、水の塊が砕け散って水滴へ戻る。

 避ける間もない攻撃、確かな一撃、たとえどんなに強靭な身体や硬い装甲だろうと切り裂くバスターアックスを止められる事はない、はずだった。


「片付けろ」


「御意」


 淡々と一言バエルが口にし、それに答えた低い声が聴こえた。水滴が舞い散る中で赤い閃光が見えたかと思うとランの身体を何かが刺し貫き、それが倒したと思っていたガーゴイルの貫手と気付いた時には既に遅い。


「くっ、スペル発動エスケープ!」


「スペル発動アンチスペル、対象はクー・シーのラン」


 ここで最強のリスナーが攻勢に転じた。リオが発動したスペルに対しアンチスペルのカードを使用、灰色の光がランを包み込みそして弾けスペルの効果を打ち消す。

 貫かれて血を吐きながらもランはガーゴイルの腕を掴んでバスターアックスを振り抜こうとするも、その前にもう片方の腕で首を捕まれそのまま骨を砕かれてしまう。


(無念っ……)


 身体が煙のように消えていくランの次にガーゴイルが狙いを定めたのはタンザ、ではなくセレッタ。空中を蹴るようにして急降下すると勢いそのままに地を駆け抜け、後ろからタンザが猛追するもどんどん引き離されてしまう。

 セレッタも集約していた水気を全て解き放って足下からは水竜を象る激流、空からは鋭い槍を象る水魔法を同時に行使しガーゴイルへと差し向ける。


 ここでガーゴイルは地面に両腕を突っ込ませて急停止、ぐっと腕に力を込めたかと思うとガーゴイルを中心に大地が隆起し岩山が出現する。

 剣山の如く下から次々に生える岩山に突き上げられタンザは跳ね飛ばされ、セレッタの水魔法も防がれてしまった。


「魔法まで使うのかよ! スペル発……」


「スペル発動サンダーエッジ」


 地属性の魔法攻撃。セレッタが水の力を扱うように、バエルのガーゴイルもまた地の魔法を扱う。

 驚愕しつつもシェダがタンザのフォローに入ろうとするも、それよりも早くバエルはスペルを発動する。一瞬の轟きの後に天より飛来する雷の刃がタンザの身体を切り裂き、白銀の鱗が弱々しい光を返しながら隆起した岩へと血のように飛び散った。


 数秒の間の出来事。目を大きくし言葉を失いかけたエルクリッドの隣でシェダとリオがガクンと倒れ、シェダは左腕に大きな切り傷を、リオは大量の血を吐いてうずくまってしまう。


「シェダ! リオさん!」


「大丈夫だ、この程度……!」


「このくらいは、覚悟してたさ……」


 エルクリッドの声に即応するシェダは切り傷を抑えながら、リオも呼吸を整えつつ口元を手で拭って立ち上がる。

 アセスが撃破された事によるリスナーへの反射。時には生命を落とす事もあるその衝撃に二人は耐えつつも、痛々しい姿に見守るノヴァが目を潤ませながらぐっと歯を食いしばった。


(目をそらしちゃ駄目……見守ら、なきゃ……)


 いつかは自分もリスナーとして活躍する。その時はエルクリッド達のように戦う事もある、彼女達の戦いを見届けるのもまた自分の今できること。

 それでも、やはり辛い。これが本当のリスナーの戦いだとしても。


「エルクリッド!」


「スペル発動アクアフォース!」


 力強いセレッタの声にエルクリッドは即応しカードを使った。青き光がセレッタを包み込み、前足を力強く地面に叩きつけたセレッタが放つは強大なる水の渦だ。

 竜巻のように周囲のものを巻き込まんと風が吹き荒れ、ガーゴイルへ迫る大魔法、だが、それを前にしてもバエルは顔色一つ変えなかった。


「やれ」


 ただ一言。それだけで最強のリスナーのアセスは全てを実行する。


 眼前に迫る渦に両手を突っ込んだかと思うと両腕を広げるようにして縦に渦を裂いて破壊し、刹那に距離を詰めてセレッタの首筋に鋭い爪を突き刺しながら持ち上げ、そして、エルクリッドがカードを使う間もなく激しく、強く、深く、赤い鮮血と共にセレッタは地に沈められた。

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