麗人

 エルクリッド達は切り株の上に置いたあるものをじっと見つめていた。それは助けた女性がリスナーである事を示す彼女のカード入れ。

 手当の為に服を脱がした際、身分に繋がるようなものは何一つ出ず、まだ確認していないのはカード入れのみ。


「で、確認するのかよ?」


「うーん……正直渋るよね」


 シェダの問いに答えるエルクリッドの返事は明るいとは言えず、それはシェダもまた同じ。

 リスナーにとってカード入れは命とカードの次に重要なもの。許可なく中のカードを知られる事は誇りを傷つけられるも同じ、それを見る事もまたリスナーとして愚の極み。


 しかし女性が何者かを調べないわけにもいかないのも確かなこと。一応、万が一に備えてカード入れを離して武装解除にはなってるのだが。


 悩む二人のリスナー、それを見守るノヴァとタラゼド。木漏れ日の中で考え悩んでいると、何かを察したタラゼドが天幕の方へとそっと向かい、次いでノヴァ達も外から中を覗く。


 と、次の瞬間、タラゼドのうめき声と共にばさっと掛布が外へ投げられシェダの顔に直撃、さらに天幕から飛び出してきた影が繰り出すものを咄嗟にエルクリッドは手で受け止める。


 受け止めたのは握り拳、影の正体は助けた女性。宝石のような翠の目は敵意に満ちていたが、エルクリッドと目を合わせるうちに表情が柔らかくなり握り拳の力も次第に抜けた。


「……追手、ではないのか?」


「えーと……とりあえずゆっくり話しましょうか」


 何が何やらわからないものの、ひとまずエルクリッドは少しぎこちない笑みで女性との対話をする事に。



ーー


「救われた身でありながら、恩人方に大変失礼な事を致しました。心よりお詫び申し上げます」 


 整った姿勢で正座、そこから手をついて勢いよく額を地面にぶつけながら女性はエルクリッド達に謝罪。才色兼備が感じられる佇まいながらも生真面目が突き抜けているようにも見える。


 とはいえ悪人ではないと直感でき、前まで来て片膝をついたエルクリッドも微笑みながら女性のカード入れを差し出す。


「いえ、いいんです。それよりもこれ返しますね……えぇと、お名前は聞いてもいいでしょうか?」


 顔を上げ額に土をつける女性はぱぱっと土を払い、両手で丁寧にカード入れを受け取ると膝に手を置いてしっかりとエルクリッドの目を見て凛とし名乗った。


「私はリオ、リオ・フィレーネ。ではこれにて……」


 リオと名乗った女性はすっと立ち上がり去ろうとするが、傷が痛むのか脇を抑え苦悶の表情で座り込んでしまう。

 すぐにエルクリッドが支えて姿勢を直し、やや苦笑しつつ話を進めていく。


「まだ怪我は治ってないから、せめてそれまでは休んでください」


「しかし見たところあなた方も旅の途中では?」


「うーん……それならせめて近くの街まで一緒に行動しませんか? あたし達もリオさんが心配ですし、放っておけないですからね」


 だが、と、断りかけたリオだがエルクリッドの笑顔と、それを見守るノヴァの視線やタラゼドやシェダの穏やかな表情を見て、何かを思い小さく頷く。


「わかりました、しばらく……お世話になります」


「よろしくお願いします! あ、あたしはエルクリッドって言います、それで可愛い子がノヴァで優しそうな人がタラゼドさん、あと少し生意気な奴がシェダです」


「おい、誰が生意気だ」


 リオの承諾に自己紹介も添えて答えたエルクリッドはシェダのツッコミなど無視してリオを支えながら立ち上がり、それを見届けたタラゼドがくすっと微笑み手に持っていた掛布を丁寧に畳み始める。


「この近くの街ですとウドトの街がありますが、それよりは賢者の神殿に向かうのが良いかと」


「確かに、ウドトに向かうよりは賢者の神殿のが距離は近いし俺達の目的地で、賢者リムゾン様にリオさんを任せるのがいいかもな」


 タラゼド、シェダと周辺の地図が頭に入ってる為か向かうべき場所を提案。エルクリッドもそれが良いと思いつつ、傍らに来たノヴァから無地のカードを受け取る。


「それじゃあ出発準備ですね。ノヴァはリオさんの傍にいてあげて」


「わかりました!」


 役目を与えられて嬉しいのかノヴァの返事は元気がよく笑顔も輝いている。エルクリッドも笑顔で応えて天幕の片付けに取りかかり、切り株に座るリオは少し痛む身体の具合を確かめつつ少し俯く。


(何とか回復しなければ……巻き込むわけにはいかない……)


 腰の帯革にカード入れを備えつけながらリオが考えるのは後ろめたさ。覗き込むようにじっと見てくるノヴァに少し驚きつつ、やや硬い微笑みで応えてみせた。

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