エルクリッドの過去

 天幕の中に寝かせた女性に手をかざすタラゼドをエルクリッドは見守り、すっと手を引いてタラゼドが静かに息を吐く。


「タラゼドさん、この人は……」


「かなり消耗していますが、命に別状はありません。このまま休んでいれば回復するでしょう」


 峠は越えた、と思うとエルクリッドもホッと一安心しぺたんと座り込んでしまう。

 何とか助けられた、無論完全に安心するのは早いのも確かでありすぐにエルクリッドは気を取り直し、女性の隣に来て手を握ってやる。


「……死なないでね」


 ポツリとそう漏らすエルクリッドの目が潤むが、すぐに目を閉じ振り切るように天幕の外へ。

 外で待機するシェダとノヴァと顔を合わせ、小さく頷き女性の無事を伝えた。


「しばらく休んでいれば回復するって」


「そうですか……大丈夫、ですよね?」


 天幕の方に目を向け俯きかけたノヴァに大丈夫だとシェダが声をかけ、周囲に目配りしつつさらに続けた。


「リスナーは簡単にくたばったりはしない。心も身体も常に鍛えてるんだ、あの程度で……死ぬはずがない」


 不安を隠し切れてない言葉、だがそう感じさせまいとシェダの声はよく通り、ノヴァの顔を上げさせるのには十分なもの。

 エルクリッドもフッと笑いつつノヴァの肩に手を置き、促される形でノヴァもこくんと頷く。


「そうですね、大丈夫ですよね!」

 

 ノヴァの笑顔にエルクリッドも笑顔で応え、それを感じたシェダもまた穏やかな表情を見せる。

 シェダが話したようにリスナーは心身を鍛える事で強くなる。並の人間よりも体力精神力はあり、それだけ死から遠ざかる要因に繋がり何度でも立ち上がり前へ進む。


 エルクリッドにはそれがよくわかる、自分もそうだったなと振り替えっていると、ふと、シェダがある疑問をエルクリッドに投げかけた。


「そーいやエルクリッドってクロス師匠のとこで修行する前はどうしてたんだ?」


「ヤブから棒に何よ。それに質問の仕方も下手!」


 不意の問いと意図がわからず腕を組んでエルクリッドは目を細め、少し唸ってからシェダは改めて質問をぶつけ直す。 


「いつもつけてる手袋の紋章っていうのか? 何処かで見た事あるよーな気がしてさ……それに何となく助けた人の服の感じとか似てるなーって」


 確かに、とシェダの言うようにエルクリッドの着ている上着は助けた女性の服と似てるとノヴァも思い、エルクリッドに目を向けじっと見つめる。

 質問に対してエルクリッドは言われてみれば、と目を閉じて考えつつ、だが答えは出なかったのでひとまずは手袋の事に答える事にした。


「あたしのこの手袋の紋章はメティオ機関っていう施設の紋章だよ。服も施設の制服を改造して染め直したやつなんだ」


「メティオ機関? 確かそこって……」


「うん、もうないよ」


 明るく答えながらシェダの横を通りエルクリッドは手を太陽にかざし、手袋の甲の紋章を見つめる。四つの点を結んで三日月を囲う紋章、かつてあった施設の紋章だ。


「あたしが卒業試験を受けた日に……なくなっちゃったんだ」


 目を閉じて告げる事実は重く、深く、刺さるよう。しかし声色は明るく、儚く、悲しみを感じさせない。

 それだけ振り切ってるのか強がってるのか、いずれにせよシェダはすぐに口を開く。


「わりぃ、聞いたらいけないこと聞いた」


「いいよ別に……隠してる訳じゃないし。それにノヴァには軽く話したけど、シェダには言ってなかったね」


 微笑むエルクリッドはシェダの謝罪に優しく返し、だが何処か悲しげにも見えてノヴァは言葉を詰まらせる。何か言ってあげたいと思っても出てこない、いや言ったところで何の支えにも今はなれない。


 メティオ機関、その名前を知らない者はリスナーではいない。かつて存在したリスナー養成機関にして孤児の養育施設の事を。


「あたし、施設を襲った奴に勝てなかったんだ。ううん、勝てるわけがなかった……それでも、あたしの居場所と友達を奪った奴を倒したかった」


 今でも鮮明に思い出せる。圧倒的な力を持つアセスを従えるリスナーの存在を。

 次々と自分のアセスを倒されエルクリッド自身も傷つき、血にまみれ、それでも諦めなかったが届く事はなかった。


 目を開け手を見つめ、ぐっと握り締めてから胸に当てて、振り返るエルクリッドは越えるべき相手の名を口にする。


「あたしが倒したいのは熒惑けいこくのリスナーって呼ばれてる奴……いつかあいつに勝つ事が、あいつにはない強さを身に着けて倒す事が、あたしの目標なんだ」


 越えるべき存在。熒惑けいこくの名を持つ存在の事はシェダは当然知ってる為か目を大きく開き、ピンとこないもののノヴァはエルクリッドの強い眼差しから志の高さを察する。


「世界最強のリスナーかよ……でも何で施設を襲ったんだ?」


「それはわからない。わからない……でも、あたしを負かしたあいつは言った、何も守れない力に意味はないって。やった事は許せないけれど、その言葉だけは、その通りだなって……だから強くなりたいんだ」


 風が流れる中で語られるエルクリッドの目指すもの、決意させたもの、心に未だに残るもの。


 世界最強のリスナー。その頂は果てしないものであり孤高を突き詰めた存在と言える。

 だからこそ越えたいと思う者もいれど、その道のりは果てしない。エルクリッドもそれをわかって目指してるとノヴァもシェダも、遠巻きに聞いているタラゼドも心で感じ取れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る