麗しき札師ーEscapeー
傷ついた者
朝焼けの中を走り抜けるは一つの影。それを追うはいくつもの影。風に混じるは切れ切れの息遣い、風が刺し貫く感覚は深手によるもの。
流れる血は止まる事はなく、止める余裕もなく、ただ脳裏に浮かぶのは生きて逃げ切るということのみ。
「まだ、終われ、ない……!」
最早余力などない。それでも自分を奮い立たせる言葉を己に向け、動かぬはずの身体が走れるのは生存本能によるものか。
生命を燃やして死を早めるような事をしてるとわかっていても、それでも、逃げねばならない。
ーー
朝日を受けながらぐっと身体を伸ばすエルクリッドの頭につけるゴーグルが光を反射し、よしっと気を引き締めた彼女の目にも光が灯る。
リックランプの街にてシェダと出会い、仲間になってはや三日が経過。目指すのはナーム国南西、その道中で天幕を張り野宿をし朝を迎えた。
目覚めたエルクリッドの後ろでは石で囲った焚き火に器具を用いてタラゼドが朝食を作り、その手伝いをシェダがしつつノヴァも食材を洗っている。
(なんかいいなこういうの)
仲間と共に旅をする。一人旅では味わえない暖かなもの、かつて自分にあって失ったもの。
思い出しかけたものを振り切ってエルクリッドは笑顔を見せ、足元にまとめていた枝を手に持って仲間達の所へ。
「薪代わりの枝はこれだけあれば足りますか?」
「えぇ、十分です。ありがとうございます」
「どういたしまして」
鉄の調理器具で焼かれる鶏肉と香辛料の良い香りを挟んでエルクリッドはタラゼドと言葉を交わし、次いで隣に来てニコッと笑うノヴァの頭を優しくなでてやる。
最後にシェダに顔を合わせるも、少しムスッとしてる彼にため息で返す。
「もうちょいやる気だしたら?」
「やってるっての!」
大きな声で言い返しながらシェダがやってるのはパンを均等に切り分ける作業。だが慣れてないからか短刀を持つ手は震え、慎重に慎重を重ねながらゆっくりとパンを切っていた。
危ないわけではないものの、これにはタラゼドも少し呆れ気味だ。
「無理なさらずノヴァにやってもらっては?」
「いえ! やると言ったからには最後までやりきります!」
責任感が強いのか意地っ張りなのか、だがシェダがいてくれる事で心強いのは確かだ。
ここまでの道中で危険はなかったものの、盗賊や魔物への警戒をするにあたってリスナーが二人なのは大きい。もっとも、人数が増えた事でファイアードレイクのヒレイに乗って飛んで移動するのはできなくなったが。
「よし、切り終えました!」
「ご苦労さまです。ではそれを皿の上に……」
シェダが作業を終えたと同時に、タラゼドは言葉を止めて茂みの方に目を向けた。次いでエルクリッドとシェダも同じ方に目を向けつつカード入れに手をかけるも、何かが倒れるような音と共に手を止める。
魔物や獣ではない、微かに聴こえたうめき声は人のもの。警戒しつつエルクリッドが行こうとするよりも先にノヴァが茂みの方へ向かい、すぐに後を追う。
「ノヴァ、危ない事はあたしの仕事」
「あっ、ごめんなさい」
謝るノヴァの頭をぽんっと軽く叩いてエルクリッドは茂みにそっと近づく。何かがいる確かな気配、耳を澄ませ聴こえてくるうめき声は人間のそれと思いたいが、声真似をして人を誘い喰う魔物もいる。
カード入れからカードを引き抜き息を殺して素早く身を乗り出し構えたエルクリッド、と、茂みの裏にいた気配の主を見てやや目を見開く。
(人、だよね……?)
それはまるで砕けた花のようにも見えた。大人の女性、黒い服を着て倒れ眠ってるよう。
だが彼女は体中に切り傷、擦り傷、打撲傷などをいくつも負い出血し、衰弱してるのをすぐに理解しエルクリッドは女性に寄って首元に手を触れ脈を確認する。
(まだ息もある……!)
微かに呻いて身体が震え、助かる可能性を感じてエルクリッドは女性をゆっくり起こして近くの木を背に座らせた状態へ。
動かしても弱々しく呻くだけで意識は弱く、そっと覗き込むノヴァも目を見開きエルクリッドはすぐに声を飛ばす。
「ノヴァ! タラゼドさんを呼んで! それからシェダも!」
「は、はい!」
ノヴァにタラゼド達を呼ばせ、その間にエルクリッドは女性の状態を確認していく。
黒一色で服装からして何処かの組織、ないし軍属の人間と推測。また彼女の腰に巻かれる帯革に備わるのはカード入れ、リスナーというのはわかった。
リスナーとなれば彼女の衰弱理由も予想がつく。アセスを倒されブレイク状態となり、その反射により心身を消耗している。
ドクンとエルクリッドの心に衝撃が広がる。昔を思い出してしまう、かつての自分も傷ついて弱り果てていたから。
(あたしも……ううん、そんなことより今は……!)
首を横に振りエルクリッドは目の前の女性の為にできる事を考える。助けられる命があるなら助けたい、その思いが冷静な行動へと突き動かす。
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