秘めたもの
エタリラには魔法と叡智を極めた四賢者と呼ばれる者達がいる。四大国に一人ずつ、古より伝えられてきた物事を記録し伝え、今を生きる者達を助け導く。
彼らは常にエタリラの事を考え行動する中立と言え、国や地域の決め事においても証人として、調停者として赴く事もある賢者ならばエルクリッド達が助けたリオの事を任せるのは正しい判断と言えた。
何故リオは傷ついていたのか、何処から来たのか、素性もわからない。エルクリッド達も無理に聞こうとせず、賢者の神殿へ通じる大草原を旅路を共に進む。
よく晴れ心地よい風が吹き、緑の波は美しく心を和ませるかのよう。目を輝かせながら先走るノヴァの後をエルクリッドが慌てて追いかけ、次いでシェダも追いかけるのをタラゼドが後ろから見守り、その様子をリオは見つめながら静かに微笑む。
「いい仲間達ですね……」
「えぇ、彼女達を見ていると心が洗われます」
転びかけたノヴァを支えてエルクリッドが何かを話し、それにシェダが小言を口にしたのか何やら言い争いへ。ノヴァが間に入って笑顔で仲裁し、見てるだけで飽きない光景だ。
タラゼドの言うように心洗われる、そう感じながらも自分が全てを打ち明けてない事が申し訳なく、後ろめたくも思えてリオの胸は痛む。
俯くリオの心を読んだかはわからないが、タラゼドは前を向いたまま優しく言葉を紡ぐ。
「旅をしていれば様々な出会いがあります。そして皆がそれぞれに秘めたものがあって、親しくとも隠している事も……ですから、リオさんの事情は話したいと思うまでそのままで大丈夫ですよ」
「……お気遣い感謝します」
一言そう言ってリオは歩き始め、まだ彼女が迷っているのをタラゼドは感じ取る。
それほどに深い事情を抱えてるのは確かだが、彼女自身それをわかってて話せないのも理解できる。そして、一人で抱えるにはあまりにも大きなものとも。
ーー
草原はやがて丘陵地へと様相を変え、ひときわ高い丘の上にそれは静かに建っている。
賢者の神殿。石造りのそれは悠久の時を経た事がひと目で伝わり、同時に丘陵地で目立つ存在ながらも景色に溶け込むような静寂さが感じられた。
丘の下で神殿を見つめるエルクリッドとノヴァはその様相に圧倒され口を開けてしまうほど。二人の様子にはシェダはやれやれと言った具合で小さくため息をつき、神殿に繋がる長い道を見上げる。
「相変わらず長い道だな……俺はともかく、大丈夫なのか?」
「まーあたしには頼りになるアセスがいるから、それに乗ってびゅーんってね」
ピッとカード入れよりカードを引き抜きながらシェダに不敵な笑みを見せたエルクリッドだったが、バチッと静電気が起きたような弱い衝撃が指先から全身に伝わり、思わず仰け反ってしまう。
「……もしかして結界ある感じ?」
「んな事も知らねーのかよ。賢者様の神殿への道は修行にも使われっから、カードは神殿についてからじゃないと使えないようになってんだよ」
シェダに対しむすっとした表情をしながらもエルクリッドは状況を把握しカードを戻す。
結界がある以上、アセスを召喚して神殿に向かうのは不可能。歩いていくのに体力的には問題はないが、チラリとリオの方へ目を向けて彼女と目を合わせる。
「リオさん、身体は大丈夫ですか?」
「問題ありません。賢者様の所につけば、ひとまずお別れですね」
うん、と答えながらエルクリッドはリオの憂鬱そうな眼差しが気になって仕方ない。だが無理に聞かないと決めたのもあり、ひとまずは神殿への道を行く。
そんなエルクリッドの気持ちを察したか定かではないが、ノヴァがそっとリオの隣に来てニコリと笑顔を見せながら見上げ、リオの手を静かに握り締める。
「さ、リオさん行きましょう」
「あ、あぁ……」
少しノヴァに引かれる形でリオは丘を登り始め、それにはエルクリッドとシェダもタラゼドの方に顔を向け、彼が何も言わず頷いたのを確認してから後を進む。
少し急ではあるが道自体は整備されて歩きにくさはなく、魔物も結界で近づけない為か向かう事に問題はない。
賢者リムゾンとはいかなる人物なのか、ふと疑問に思ったエルクリッドは知ってそうなシェダに歩きながら訊ねてみた。
「ねぇシェダ、リムゾン様ってどんな人なの? 会ったことあるんじゃないの?」
「会ったことっても先代の賢者様だぞ。今のリムゾン様はそのお弟子さんで、一番若い賢者ってのは聞いたな」
ふーんと思ったより若い人物というのを考えつつ、次に思うのはノヴァと手を繋ぐリオの事。先行する自分の後ろを進みノヴァが色々話しかけているのを迷惑とは思わず、ちゃんと聞いて話をしている。
無理をしてるわけではないのはなんとなく分かる。ほんの少しだけ穏やかな表情をし、片目が隠れる髪が美しく印象的だ。
(ホントに美人だなぁ……あたしとは大違い)
美しきリスナーが秘めた謎、絵になるようなものの裏には大きなものがあるのだろう。
リオがそうであるように、自分にも果たさねばならない事があり、ノヴァやシェダ、タラゼドにもある。
皆それぞれに抱えるものが見えはせずともあるもの。無理に聞くことはない。
それでもやはり、もし話して楽になるならと、エルクリッドは思わずにはいられなかった。
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