行き先

 朝の日差しの中でエルクリッドは身支度を済ませていた。昨日はタラゼドの店の空き部屋を使わせてもらう事となりそのまま宿泊、心身ともに満たされての目覚めとなる。


 そしてこれからしばらくは長い目的をもって、誰かと共に過ごす事の始まりだと。


(……大丈夫、だよね)


 少しの不安が一滴、決してそれは濃いものではなくとも、過去の記憶が鮮明に蘇ってしまう。

 昔のように全てを失ってしまうのかと思うと強くなるものがある、守り切らねばならないと心が焦燥感を駆り立てる。


 だがそれを断つのは、心を通わせた仲間達。


(やる前から不安になってどうする)


(言われなくてもわかってるよヒレイ。わかってる、けど……)


(だったら迷うな、前を見ろ。お前が今思うべき事はなんだ?)


 心に語りかけてくるヒレイに促され、エルクリッドは自分の両頬をパチンと叩いて気を引き締めた。今自分が思うべき事は不安ではなく、ノヴァの願いの為に力を尽くす事だ。

 その為にはより強くなる必要がある、今以上にカードを知り使いこなせるように、アセスと心を一つに戦えるように。


(ありがとヒレイ。もう迷わないよ)


(気にするな)


 ふふっと微笑むエルクリッドはヒレイとの付き合いの長さを改めて思う。自分が一人になった時に出会った幼竜、怪我をしていたのを治そうとあれこれしてる内に心を通わせていた存在がヒレイだ。

 十数年の付き合いの中ですっかりヒレイも身体が大きくなりドラゴンらしい力を備えるに至る。その分、エルクリッドの負担は増えはしたが、ヒレイとの絆は変わらない。


(あれ? セレッタはどうしたの? いつもならすぐに声かけそうなのに)


 ふとエルクリッドが思ったのはセレッタのこと。アセスとしては二番目に付き合いが長く自分を好いてるが、今日は大人しくしてるのが不思議で仕方なかった。

 その問いに答えるのは凛とした口調のスパーダである。


(スケベ馬はノヴァが少女だったと見抜けなかった事に落ち込んでいます。ほっといても問題ありませんよ)


(あらら……スパーダさんはもう回復したね、よかった)


(やられたのは片腕だけでしたからね。力が必要な時はいつでも)


 リスナーにとってアセスは身近な存在、種族を超えた繋がりがある存在、支えてくれる仲間達がいる。

 カード入れをぎゅっと胸に抱いて目を瞑り、よしっと気を引き締め直したエルクリッドはカード入れを左腰にしっかり身に着けた。


 赤の革服に袖を通して手袋をぎゅっと身につけ、最後にゴーグルを頭につけ深呼吸をしてから部屋を出て廊下を進み、笑顔で自分を待っていたノヴァとその傍らでハーブティーを嗜むタラゼドの所へ。



ーー


「サーチャーにシーカー、ですか?」


「そそ、ノヴァの目的……伝説のカードを探すんなら専門家の協力は必要だからね。そこでサーチャーかシーカーの出番ってこと」


 快活にエルクリッドが話すサーチャー、シーカーというものが何かノヴァは理解しきれておらず、くすくすと笑いながらタラゼドがそれについてを話しはじめた。


「リスナーと一言に言っても様々な人がいます。特に専門性が強い人はその内容により呼び名が変わるのです、例えばアセスやカードの力を医療等に役立てる者はドクター、リスナー戦に特化した者はバトラー、と言った具合ですね」


「なるほど……それじゃあサーチャーとシーカーというのは?」


「サーチャーはスペルをはじめとする人工カードの専門家、その知識を提供するリスナー。シーカーは希少価値の高いカードや物品を求め生計をたてるリスナー……エルクリッドさんの言うように伝説のカードについて何かを知っている可能性は高いですね」


 専門家故に見聞きし、あるいは耳に挟んでいる。タラゼドの解説を聞いてノヴァも手をぽんっと叩いて納得し、それを見てからエルクリッドが口を開く。


「ただサーチャーやシーカーは情報自体が商品だから、伝説のカードの事を知ってたとしてもタダじゃないよ。偽情報掴まされる可能性もあるし……まぁその時はあたしが、ね」


 拳を打ち鳴らしながら笑顔を見せるエルクリッドにノヴァは少し苦笑し、だがそれも致し方ないと理解する。

 多くの人々がいるなら当然良い人悪い人もいて当然。そしてタダより高いものはないとはノヴァはよくわかっていることだ。


「いずれにせよまず向かうべきはリックランプですね。あそこならばリスナーだけでなく、様々な人が行き交うので情報もあるはずですから」


 ばさっと机の上にタラゼドが広げるのは地の国ナーム一帯の地図だ。今いるセイドの街はアンディーナ国との境界近くの南東部、そこから名前が出たリックランプの街は北西にある。

 街道を通って行けば二日か三日ほどの場所、他の道とも合流する立地にあり大都市なのは誰もが知っている事だ。


 うんうんと頷くエルクリッドもその意見には納得し、ぴっとカード入れから引き抜いたカードを指に挟んだ。


「ここからならひとっ飛びすれば行けますね。今すぐ行きましょうか?」


「わたくしとノヴァの準備はできています。あとは店の戸締まりだけですね」


 エルクリッドの瞳に光が灯り、その輝きが増す度に彼女の声が明るくなって自然と心と身体を動かされるような、不思議な心地をタラゼドは感じていた。それはノヴァも同じ。


(太陽みたいな、人……)


「どうしたのノヴァ?」


「い、いえ、なんでもないです! さ、行きましょう!」


 その明るさは太陽のよう、見えぬ未来を照らす灯火のような気がして、ノヴァはエルクリッドの笑顔に満面の笑みで応えた。

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