食後の仕事話
「はぁ〜……幸せ……ごちそうさまでした」
山積みとなった皿が片付けられ代わりに置かれたのは食後のハーブティー、少し苦目の味が口直しになると共に身体をポカポカと温め、身体に良い感じがした。
「エルクさん……あんなに食べて何処に入ってるんですか?」
「お腹じゃないの?」
ケロリとした様子で答えるエルクリッドは体型も変わらず平然とし、これには流石にノヴァも言葉を失うしかない。
そこへ皿洗いを済ませたタラゼドがやってきて椅子に座り、ニコリとエルクリッドに笑顔見せてテーブルにポットを置く。
「料理とても美味しかったです。いくらでも食べられるというか……不思議です」
「魔力が回復しやすい香辛料などを使いましたからね。あれだけ食べる人を見たのはあなたのお師匠様たるクロス以来ですが」
苦笑気味に話すタラゼドにエルクリッドもふふっと笑って応えつつ、改めて彼が何故自分の師匠を知っているのか、また仕事の内容が何かを訊ねる。
「あの、仕事の事とか聞いてもいいですか? 師匠の事も」
「いいですよ。少し長くなりますが」
「よろしくお願いします」
身体をタラゼドの方へエルクリッドが向け、ノヴァもそれを見つめつつ話に耳を傾ける。
少し頭の中で話す順番を確認しつつ、ゆっくりとタラゼドは質問の答えを語り始めた。
「あなたへの依頼はノヴァの護衛、そしてノヴァの模範としてリスナーのあり方を示してもらいたいのです。わたくしは以前共に旅をした仲間でもあるクロスが適任と思っていたのですが、彼はエルクリッドさんをと」
護衛依頼とリスナーとしての模範。それだけで厄介な依頼であるのは想像がついた。
魔物だけではなく人間も含めるとなれば厄介そのもの。いつ何処で危険があるともわからないなら尚更、報酬に対する危険度の高さは見合わないものだ。
そしてリスナーというのはあまり自分の手を見せようとは思わない。手の内を知られれば対策をされてしまうし、それが見習いリスナーの為であっても躊躇うものだ。
そのまま引き受けるであろうリスナーはそうはいないとなれば知り合いとなるが、タラゼドが信頼するクロスは自分を推薦したという。
何となく、エルクリッドはその理由が見えて小さくため息をつく。
「大方、自分はもう家族がいるし引退した身だーって言ってませんでした? ホントはまだまだ現役バリバリなんですけどね、あの師匠」
「わたくしもそう思います。あの方としては自分が活躍するより、弟子の活躍を聞きたいのでしょうね。昔から彼はそうでした、いつも他人を第一に考えて成長の機会を作ったりして……だからこそ、十二星召となっても表に出ようとしないのかもしれません」
うん、とハーブティーを飲みながらエルクリッドは師匠クロスとの修行の日々を思い返す。
まだまだ若く実力的に活躍する事もでき、偉大なリスナーのみがその名を継げるという十二星召の一人を担っても、彼は家族との暮らしや弟子の鍛錬に身を尽くしていた。
師の姿もまた自分が目指すリスナーの姿、自分が求める強さの理想の一つ、いつかあぁなりたいと尊敬すべき人だ。
そんな人が自分を推薦した事は嬉しくも身が引き締まる。エルクリッドが背筋を伸ばすと、タラゼドは話を続けた。
「ノヴァはあるカードを探す為に旅をするよう言われています。ですが一人では流石に厳しすぎるので……わたくしとリスナーをと考えたのです」
「なるほど……で、あるカードってのはなんですか? こう言うのもあれですけど、貴重なカードならお金で何とかなるんじゃないですか?」
「確かにそうですね。普通のカードならば」
商人の家ならば金の力でどうにかなるものは多い。そうでないもの、となった時にエルクリッドも心当たりに行き着きティーカップをテーブルに置いた。
「もしかしなくても、伝説のカードを?」
静かに頷くタラゼドの反応を見てからノヴァの方へと目をやり、同じように頷く彼女を見て本当なのを確信する。
リスナーならば一度は耳にする噂話、実在するのかはエルクリッドも知らないものの、その逸話は確かに各地に語り継がれているものだ。
「師匠はその事で何か言ってましたか?」
エルクリッドの目つきが鋭さを帯び、タラゼドも同様に笑顔から凛とした顔つきへ。ノヴァも背筋を伸ばし、少し張り詰める空気の中で話は続く。
「彼はそのカードを一度だけ手にした事があるのです。わたくしも、その時にかのカードの力を目の当たりにして……」
タラゼドが言葉を詰まらせる。かのカードが力を使い、奇跡としか言いようがない瞬間に衝撃を受けた事を振り返りながら。
エルクリッドが首を傾げると失礼しましたとタラゼドは気を取り直し、改めて話を続けた。
「エルクリッドさんは伝説のカードの事はどの程度知っていますか?」
「えぇと、とんでもなく強いーとか、意思があるーとか、突拍子ないのばかりですけど」
「概ねその通りです。あのカード達は意思を持つ存在……この世界の神獣と呼ばれる存在の休眠した姿なのです」
神獣と聞いてエルクリッドも目を丸くしゾワっと鳥肌が立つ感覚に包まれる。
伝説のカードの事は眉唾ものという認識をしていたが、神獣の方はこの世界に生きる者ならば知らないとは言えない。
「伝説のカードが神獣……」
「ノヴァの一族はかつてある神獣を信仰し、そのカードを守っていました。ですがかの神獣は覚醒し何処かヘ……ノヴァの父親が商人を始めたのも、それを探す為です」
エタリラに語られる神獣は恵みと災いをもってこの世界を司り、彼らがいるから日々の恩恵があるといっても過言ではないとされる。
伝説とされてないのは実際に現れた記録がいくつも残っている為で、荒廃した土地を一瞬で蘇らせた記録もあれば、生きとし生けるもの全てを一瞬で消し去った記録もある。
伝説のカードが神獣と同一ならば眉唾ものの逸話の数々も合点が行く。同時に、もしこの事を他に知ってる者がいるとすれば既に求めて行動を開始し、求める者同士の争いもあるだろう。
そこまで考えるならば、まだ力が未覚醒なノヴァだけでは厳しいというもの。そして師匠クロスに声掛けをしたタラゼドの判断も正しく、自分がどれだけ責任重大なのかもエルクリッドは改めて考えさせられた。
だがエルクリッドは口元に笑みを見せ、タラゼドをしっかり見て堂々と口を開く。
「わかりました、依頼を引き受けます! 今更断る理由もありませんし!」
張り詰めた空気を破る明朗快活な言葉と眼差し、ふとタラゼドはエルクリッドの師匠クロスの言葉を思い返す。
(あいつの明るさならどんな困難でも切り開いていける……なんとなくわかりましたよ、クロス)
在りし日に見たものがある、それとは異なる輝きを持つ者が目の前にいる。
わかりました、とタラゼドは告げて微笑み、その意味を感じたノヴァもまた笑顔を見せていた。
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