采配と判断

 ざわつく鳥達がぎゃあぎゃあ騒ぎながら慌ただしく飛び立ち、エルクリッドはすぐに立って左腰のカード入れの留め具を外す。


「ノヴァ、あたしの傍にいて」


 すぐにノヴァを呼んで自分の傍へ。高まる緊張感の中でエルクリッドはふーっと息を吐いてカードを一枚引き抜くとそのまま周囲へ気を配りながら様子を窺う。


「え、エルクさん……」


「大丈夫、思ったより相手が外側に来てたってだけだよ。ここからはあたし達の出番!」


 優しくノヴァへ声をかけつつエルクリッドは凛とし右手のカードに魔力を込め、青い光を帯び始めるそのカードを掲げその名を呼ぶ。


「仕事の時間だよセレッタ!」


 青き光と共に解き放たれるは水気を帯びる蒼白き馬。しやなかな身体は細かい鱗で覆われ、エルクリッドの前に降り立つと反転し彼女に頭を寄せ、同時にノヴァを捉えた。


「ほう……僕というものがありながら別の奴といるとは……いや、麗しきエルクリッドならば致し方ない」


「またスパーダさんに怒られるよ? とにかく今は仕事中、あなたの力を貸して」


「仰せのままに」


 軽く頭を撫でながら呆れるエルクリッドに応えるようにセレッタと呼ばれた水馬ケルピーは水滴を纏い、やがて水流へと変え羽衣のように自らを包む。

 魔物の中には高い知能を有し人語を理解するものもおり、水馬ケルピーはその一つ。エルクリッドに従順な姿勢を見せる姿には、ノヴァも感じるものがあった。


(水馬ケルピーは気難しい魔物と聞きます……エルクさん、すごいなぁ……)


 アセスはリスナーと心を通わせた存在。その実力を示す一つの指標になり、場合によっては召喚するだけで力を示す事にもなる。

 だがエルクリッドはそれをタラゼド達にはせずにいた。謙虚なのかはノヴァにはわからない。


 当のエルクリッドはざわめく森に意識を集中し続ける。目を凝らし、耳を済ませ、やがて遠くから聞こえてくるのはジャリジャリと何かを素早く擦るような不快な音だ。

 バッとエルクリッド達の正面よりも飛び出すように現れるのは、青緑色の身体と鋭い爪と顎を持つ巨大昆虫の群れ。咄嗟にエルクリッドはノヴァの頭を抑えるようにその場に伏せ、セレッタも同じように姿勢を低くし真上を通過させる。


「え、エルクさん、この虫って……」


「ドラゴンフライ、今の時期に大発生する肉食の魔虫。しばらくこのままね」


 ものすごい速さで真上を通り抜けていったドラゴンフライの群れを見送り、エルクリッドは安全を確認できると立ち上がって警戒を続ける。


 ノヴァもゆっくり立ち上がるが、ふと浮かんだ疑問をエルクリッドの後ろから投げかけてみた。


「あの……エルクさんとセレッタさんなら、今のドラゴンフライを倒せたんじゃないですか?」


 ピクっと身体を止めて頭を向けるセレッタがじっとノヴァを捉えると、エルクリッドがそうだねと答えながらセレッタを軽く小突いて注意を引く。


「でもさっきの子達はあまり大きくはなかった。規則だと小型の個体は生かすようにって決まりだからね……ほら、ドラゴンフライも生きてるし、絶滅させちゃいけないからさ」


「生態系の維持、ですか……」


「そそ、ノヴァは物知りさんだね」


 気さくに答えてくれるエルクリッドだが、ノヴァは驚くしかなかった。

 高速で飛行するドラゴンフライの大きさを瞬時に見極めつつ、彼らに襲われないよう適切な判断をし対応する。冷静な観察力がなければできないというのは、子供ながら理解できる。


 ただただスゴいと思うしかない。凛々しく、明るく、冷静さも併せ持つ。

 そんなエルクリッドに近づこうとした時、ノヴァの左側より別のドラゴンフライの群れが迫り、すかさずセレッタが守るようにノヴァを後ろに隠す。


「男子を守るのは気が進みませんが……エルクリッドの為なら仕方ないですね!」


 そう言ってぐっとセレッタが脚に力を込めると纏う水の羽衣が形を変えながら伸びていき、やがて弾けるように四方八方にトゲを生やしてドラゴンフライの群れをまとめて刺し貫く。


 先程の群れよりも倍以上、子供を抱えられるほどの大きさの個体ばかり。刺し貫かれ透明な体液がダラリと傷口から流れ落ち、ぴくぴくと足を動かしながらドラゴンフライ達はその生命を散らし、動きが止まると水のトゲは霧散しボトボトと死骸が地に落ちた。


「流石だねセレッタ。あたしの助けなくて平気そうだね」


「当然です。この僕さえいれば貴女の望みは思うがまま……」


 自信たっぷりといったセレッタは首を伸ばしてエルクリッドに答えたが、彼女がずっと背を向けたまま警戒してるのに気がついて言葉を止めた。

 それはノヴァも同様。最初の群れをやり過ごし、次の群れはセレッタの判断で退治し、これで一段落とは思ってはいないように見える。


「エルクさん? どうかしました?」


「うん、ちょっとね……セレッタ、今倒した子達、弱すぎなかった?」


 エルクに問われたセレッタが耳を動かして頭をドラゴンフライの死骸へと向け、その状態を調べていく。

 ノヴァもおそるおそる近づき、落ちていた木の枝を拾ってつついてみると、見た目の割に軽いのか簡単に動いた。


「エルクリッド、これは……」


「ドラゴンフライは食欲を優先する、共食いをしてでも。それをしないで行動してるって事は……」


 何かを予感するエルクリッドが答えを口にしかけた瞬間、バキバキと木が折れるような音が遠くから聞こえさらに地面が微かに揺れる。


 風に混じって香る血の匂いと人間の叫び声はその場の空気を張り詰めさせ、そこからエルクリッドの判断は素早かった。


「セレッタ! ノヴァを……あぁ、そうだった、戻って!」


 エルクリッドがかざすカードへ青い光となったセレッタが吸い込まれて姿を消し、素早くカード入れへと戻されるとエルクリッドは別のカードを引き抜き、すぐに召喚を行う。


「初めてだけど、お願いね! ダイン!」


 緑の光を帯びたカードより召喚されるはチャーチグリムのダイン。白い毛並み持つ身体を震わせエルクリッドに擦り寄ろうとするも、場の空気を察してかキリッと顔つきを変えて彼女の前に座って指示を待った。


「ダイン、あの子を……ノヴァを背中に乗せてあげて」


「ばぅっ!」


 威勢よく答えたダインはノヴァのすぐ隣へ移動するとその場に伏せて乗るよう促し、おそるおそるノヴァが乗ると立って金の円環を出現させノヴァの身体を守るように包み込む。


 それを見てからエルクリッドはダインに目配りして走り出し、ダインもまたそれを追うように駆け出した。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る