疾走
木々の合間を駆け抜けるチャーチグリムのダインは背中に乗るノヴァがしっかりしがみついてるのを意識し、併走するエルクリッドもまたダイン達に気を配りつつ走り続ける。
(エルクさん……よくこんな速さで……)
入り組んでいるのもあって全速力が出せてないとはいえ、ダインの速さと同じ速さでエルクリッドは走れている。
身体能力に優れているといえばそれだけなのだが、ノヴァにとっては衝撃的で新鮮なもの。リスナーとはこういうものなのかと思い知らされ、それは心と身体にしっかりと刻み込まれるもの。
そんなエルクリッドはノヴァの事もだが、行く先に近づくにつれて感じる確かな気配、風に混じる血の匂いも強くなり警戒心を強めていく。
しばらく走っていると急停止し、ダインも合わせる形で足を止めてエルクリッドの傍へ。
「音、立てないようにね」
小声でノヴァとダインに伝え頷くのを確認、自身も足音などに気をつけながらゆっくり進み、何やら潰すような音が聴こえる場所へそっと近づく。
ちょうどいい木の影からちらりと覗き込むと、そこは血の海と砕けたドラゴンフライが散乱していた。ダインに乗るノヴァが見ようとするとエルクリッドはサッと手で目を塞ぎ、見ないでと小声で伝え下がらせた。
(あれは……)
頭から背中にかけて生える硬いトゲのような甲殻、全身を覆うは苔色の剛毛。その場に座り込んで何かを掴んでバリバリと食べている苔むした巨岩のような獣がそこにいた。
エルクリッドはそれがタイタンベアと呼ばれる魔物と察する。そして魔物が何を食べているのかも。
(でもどうしてこんなところに? いくらドラゴンフライの大発生する時期って言ってもこんな場所に……それに、あの子はもう……)
タイタンベアは確かに凶暴で雑食、人を喰うこともある。だが本来はもっと人里から離れた深い森の中にいる、リンレイの森のようにある程度人が入る森には生息しない。
この時期はドラゴンフライを狙う事もあれど、それならば羽化直後の下流域にて狩りをするのが普通だ。
それが今目の前にいる。真っ赤に染まる口元を見せながら何かを引きちぎって飲み込み、何を口にしているか察したエルクリッドは顔を俯かせながら軽く歯を食いしばる。
と、鼻先をピクピク動かしタイタンベアは何か臭いをかぎ、瞬間、エルクリッドは落ちていた木の枝を拾って思いっきりタイタンベアに向かって投げた。
回転しながら飛ぶ枝はタイタンベアの目の前を通過、それに釣られて顔の向きを変えたと同時にエルクリッドはダインに目配りしてその場から走り出す。
「ノヴァ、しっかり捕まってなよ」
「は、はい! でもどうして……」
「ここじゃ戦っても不利だからね。外まで連れてく!」
エルクリッドとダインが足を速めると共に低い咆哮が聴こえ、直後にバキバキと木を砕きながら駆け出すタイタンベアが後ろから迫る。
徐々にその存在感が強くなり荒々しい息遣いも聴こえてしまう。
不安が恐怖を、恐怖が身体を蝕むように息も鼓動も早くなるノヴァ。だが、隣を走るエルクリッドを見た時、自然と混乱が収まった。
(エルクさん……信じてます……!)
森に入る前に交わした約束が少年の心を支え力となる。応えるようにエルクリッドもまた走りながらカードを引き抜き、休憩していた場所に近づいてるのを確認しカードに魔力を込めた。
「スペル発動アースバインドッ!」
前にカードを出しながらエルクリッドが叫び、地面が割れて現れるのは太く伸びる木の根だ。それがエルクリッド達が走り抜けた後に一気に伸びてタイタンベアの身体を拘束し、引きちぎられはするが次から次へと生えてくるのもありタイタンベアは気を取られ足を止めた。
「今のうちに引き離すよ」
振り返る事なくエルクリッドは併走するダインにそう声をかけ、頭の中ではさらに思考を張り巡らせていく。
リスナーが使うカードの一つスペルカードは封じられた魔法を解き放ち発動する。そしてそれには使用回数や再使用に制限があり、様々な制約の中で最適なものを見極める必要がある。
タイタンベアから逃げ切るのは難しく、ここで見逃してはいけない理由もある。ノヴァもいる事から無謀な事はする訳にもいかず、その為にはと、エルクリッドは走りながら心で復唱していた。
(リスナーは常に冷静であるべし……)
恐怖はある、生命を失う危険から来る震えや焦燥も。だがそれを制するのもまたリスナーとしての力だ。
そしてそれはいつかの日に相対する宿敵と戦う時に必要なもの。自分が目指すものにたどり着く為のもの。
今自分がすべき事はわかっている。力を示す、ノヴァを守る、禁忌を犯した魔物を打ち倒す事だと。
覚悟を研ぎ澄ませるエルクリッドが森を抜けてさらに走り、やがてある程度離れた所で急停止しながら反転し、ダインも同様に急停止しつつ身体を倒してノヴァを降ろし、何も言わずエルクリッドのカードへと戻っていく。
「ノヴァ、あたしの後ろにいてね」
「……逃げないんですか?」
「……人の味を知ってしまったら、あの子は積極的に村とかを襲うようになっちゃう。だから倒さないといけない……そしてそれを見て見ぬふりをしちゃいけない、それも、リスナーの努めだよ」
振り返らずにエルクリッドが前を見る姿は、ノヴァは何処か寂しげに映った。
彼女が言っている意味はわかるが、それ以上に押し殺してるものがあると。手を伸ばしてぎゅっとしてやりたいと思わされてしまう。
でもそれはいけないと子供心に理解もしていた。それが覚悟というものなのは心で理解できるから。
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