目的

 セイドの街より南にリンレイの森と呼ばれるがある。さらに南下した土地を覆う樹海程ではないが、その面積は広大そのもの。

 そこに住まう動植物、魔物、精霊もまた多種多様。豊かな恵み求めた者が立ち入って目当てのものを獲得する事もあれば、命を落とし帰らない事もある。


 森の入口前でぎゅっと手袋をしっかりとはめるのはエルクリッド。その隣には、青の眼を持つ少年ノヴァの姿もあった。


「ここがリンレイの森ですね……」


 ギャーギャーと鳥のような声が聴こえ、時折何かの咆哮のようなものも響くのにノヴァは少し退いてしまう。

 そんな彼に大丈夫と声をかけたエルクリッドは、何故こうなったかを改めて思い返す。


(あたしの実力を見るのと、ノヴァの為かぁ……ま、いいんだけどさ)


 依頼を断る機会を失って話が進み、タラゼドが提示したのは二つの条件だ。

 一つはエルクリッドの実力を見定める為に現在リンレイの森にて大発生している魔物駆除への参加、もう一つがそれにノヴァを同行させてほしいというもの。


 前者に関しては今の時期に発生する魔物駆除依頼が人手を必要とするのもあり、その結果を他人のものと比較しやすいのもあるというのが大きな理由だろう。

 そして後者は、ノヴァが自分と同じリスナーの力を持ってるから、ということだが、まだまだ心構えも能力も未熟なのは見ていてわかる。


「ノヴァ、怯えちゃ駄目だよ」


「は、はい! エルクリッドさん!」


「エルクでいいよ。あたしもノヴァって呼んでるし」


「わかりましたエルクさん!」


 ノヴァはまだカードもなければアセスもいない。厳密に言えばまだリスナーとは呼べないものの、こうして側にいると同じ能力を持つから感じられる波長のようなものは伝わってくる。

 とはいえ、魔物等がいる場所に子供を連れてくというのは気が引けるというもの。リスナーの力が未熟なら尚の事、少し考えてからエルクリッドはノヴァの方に向き、身を屈めて目の高さを合わせた。


「ノヴァ、行く前にいくつか決め事をしておくね」


 コクンと頷くノヴァがピンと背筋を伸ばして姿勢を正したのを見てから、エルクリッドも話を続ける。


「あたしから離れない事、何かあったらすぐに呼ぶ事、初めて見るものにも近づかない事……で、あたしを信じる事、約束できるかな?」


 真剣に言葉を紡ぎ、最後は優しい言葉と共に右手の小指を立てノヴァの前に出しながらエルクリッドは問いかける。かつて自分がそう教えられ時と同じように、まだリスナーとは呼べなかった時にされたように。


 ノヴァは小さく深呼吸し気持ちを落ち着かせる仕草を見せ、それから大きく頷きながら左手を前に、小指を立て指切りを交わしてくれた。


「約束します。エルクさんを……信じます!」


「うん、ありがとノヴァ。あたしも頑張るから!」



ーー


 木々の合間を抜ける風はひんやりとしながらも肌寒さはなく、動物の気配はあれど拓けた道を進んでるからか今の所は魔物等にも遭遇せずに進めている。


 エルクリッドは先を進みつつノヴァとの距離に気を配り、彼がおっかなびっくりながらもちゃんと歩けている事、何かに気づいても近づかないようにと意識してるのを確かめる。

 素直で真面目な子、しかし好奇心を抑圧してるようで少し心が痛む。何か代わりに、と考えているとノヴァの方から声をかけてきた。


「あのっ、エルクさんってリスナーになってどのくらいなんですか? 色々聞きたいです」


「え、あたし? そうだなー……ちょっと長くなるけど、いいかな?」


「ぜひ!」


 目を輝かせるノヴァの眼差しにクスっと微笑みながらエルクリッドは一度足を止め周囲を見回す。この場が拓けていて見晴らしが良く、座るのにちょうどいい岩や切り株がある事もあり、それから左腰のカード入れからカードを引き抜く。 


「スペル発動ランドプロテクト、っと。簡単な結界も張ったし、休憩ついでに話すね」


「はいっ!」


 切り株に座るノヴァからは無垢で期待感のある眼差しが向けられ、流石のエルクリッドもこれには苦笑する。

 だがかつての自分もそうだったなと思い返すキッカケになり、そこからリスナーになった経緯を話すのも気楽であった。


「あたし、孤児なんだ。それでリスナーの養成も兼ねてた施設に引き取られて……そこで訓練とかして力を学んだ、初めてリスナーを名乗れたのはノヴァよりもうちょい年下くらいだったかな?」


「はぁ……すごいんですねぇ……!」


「そんな事ないよ。もっと早くからアセスと一緒に頑張ってた人もいたし……楽しかったなぁ……」


 何故孤児だったかは今も覚えていない。しかし、元々持っていた力故か孤児だったからか施設に引き取られて育ち、リスナーとしての力を身に着けた。

 同じような子供達との暮らしは楽しい日々、時に喧嘩し時に励まし合い、今も大切な思い出だ。


「……でも今はそこはなくなっちゃった。あたしが卒業試験を受けた日に、全部」


 声の明るさが消えてエルクリッドも岩に座りながら俯く。楽しい思い出から悲しき思い出へ、だがそれはノヴァに話す必要はないなと首を横に振って彼に笑顔を見せるも、ノヴァは凛とした眼差しでじっと見つめ、耳を傾ける姿勢だった。


 自然とエルクリッドは続けるね、と話す事を、楽しい思い出が消えた日の事を語り始める。


「急いで戻ったあたしが会ったのはとあるリスナー……あたしは挑んだけど、駄目だった……勝てなくて、傷ついて……あたしの先生が庇ってくれて、あたしのアセスが必死に逃げてくれたから……生き残れた」


 怒りに燃える自分を一蹴し、圧倒的実力差で負かしたリスナーの事は忘れはしない。燃える施設を背景に立つ、赤き十の星からなる火竜の星座背負うリスナーの事を。


 微かに身体が震え始める。今もまだ恐怖はある、が、エルクリッドはふーっと息を吐いて顔を上げ、気持ちを整理しさらに続けた。


「お師匠様になる人に助けられて、色々知った。あたしから全てを奪ったリスナーの事とか、色々……それでね、あたしは決めた事があるんだ」


「どんなことですか?」


「強くなって、あのリスナーに勝つ事。でもそれは復讐なんかじゃない……同じような人を守れるようにって、強くなって……証明したいんだ。もちろん、復讐が全くないわけでもないけど……」

 

 夜空に誓った日のことを思い出す。強くなる事、復讐の為ではない強さをと。


 今も、それは変わらない。


「ごめんね、なんか暗い話しちゃって」


 エルクリッドが気持ちを切り替えて謝るのに対してノヴァはいいんですと返しつつ、トコトコとエルクリッドの前に来てニコリと微笑む。


「エルクさんが良い人だってわかりましたし……悲しい事を思い出させてしまって……」


「ううん、いいの。あたしも、話すと楽になるからさ」


 年下に思えぬ気遣いと優しさにエルクリッドも明るく笑顔で応え、二人の間に暖かなものが生まれた。


 そんな雰囲気が包み込んだ、その時だった。

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