依頼
セイドの街の商店街も人が行き交い賑わいを見せる。エルクリッドは手にする依頼書に書かれた住所と名前を確認しながら進み、やがて目的地に辿り着く。
(魔法屋かぁ……カード見るついでになる、って言いたいけど流石になぁ……)
魔法屋とは名前の如く魔法に関する品を取り扱う専門店だ。その中にはリスナーが使うカードなどもあるが、目的地は路地の更に奥という立地の為か人の姿も気配もない。
明らかに閑古鳥が鳴いている、そんな場所に来いというのは依頼主からの報酬なども期待できないだろう。
ここまで来て帰る、というのも何だか気が引けたエルクリッドは一度深呼吸し、それからゆっくりと店の扉に手を触れ静かに押して中へと進む。
入ってすぐ感じたのは心落ち着くハーブの優しい香り。扉の裏に吊るされた乾燥したハーブによるものらしく、次いで、少し狭いが丁寧に品が並べられた棚が目につく。
(……思ったよりすごいお店かも?)
棚に並ぶ品々は見た事がないものばかり。しかしどれもが確かな存在感を持ち、リスナー用のカードが入った小棚のカードも普通の店では見ないものばかりだ。
「あ、これいいかも。それにこれとそれと……」
掘り出し物感覚で次々とカードを選んで並べ、別の棚のを見てを繰り返す、と、その時だ。
「お気に召すものは、ありましたか?」
「ひゃあぅっ!?」
突然声をかけられ思わず悲鳴を上げ飛び上がってしまったエルクリッドはその場で転びかけ、手にとっていたカードを派手にぶちまけるが器用に全て掴みほっと一息。
改めて振り返ると、眼鏡をかけた銀髪の男性がニコリと穏やかに微笑んでいた。
「あ、え、えーと、とりあえずこれください」
「はい、お買い上げありがとうございます」
ーー
会計を済ませカードを改めて確認。いくつかを左腰のカード入れへ、残りは背負ってる鞄から出した小さめのカード入れにしまってからエルクリッドはようやく店主、と思わしき眼鏡の男性へ本来の用件を切り出す。
「えーと、依頼書見てきたんですけどここであってますか?」
依頼書を見せながらそう訊ねると、はい、と男性は答えて一度店の奥の方へ。
椅子を運んでくるとエルクリッドの隣に置き、パチンと指を鳴らすと棚がひとりでに動いて背を低くし即席の机となって椅子の隣へ。
「どうぞおかけになってください。今、お飲み物も用意します」
「あー、いえ大丈夫です。まずはお話を聞いてからでないと……」
男性が悪人ではないのはやり取りしててなんとなくわかる。それでいて彼が魔法使いである事も。
魔法使いはリスナーと同じく古くから存在し、魔法と呼ばれる四大元素に基づく力を使えその力を物品に宿すなどができる、らしい。
そしてその力は魔物や精霊と共に戦うリスナーとほぼ同等とも。
「申し遅れました。わたくしはタラゼド、と言います、この店の主です」
「えと、あたしはエルクリッドって言います」
落ち着きのある言葉遣いのタラゼドに促されるようにエルクリッドも名乗り、自然と心を許してしまいそうになる。
が、ぶんぶんと首を大きく横に振ってパンパンと自分の頬を叩いて深呼吸し、微笑むタラゼドが対面に座ったのに合わせる形で改めて話を切り出す。
「えっと、リスナーを募集するって事ですけど、依頼内容や報酬が話をしてから、ってことでいいんですか?」
まず確認するのは依頼と報酬について。引き受けるかどうかはそれ次第、自分の実力で成し遂げられるかどうかもある。
もちろんそこには依頼主タラゼドの真意を確かめるのもあるが、話を聞かねば先にはいけない。
問われたタラゼドがニコリとまず穏やかな笑みを返し、エルクリッドも何とか緊張をほぐしつつ微笑み返す。それからタラゼドの言葉に耳を傾ける。
「故あって詳細を公表できなかったのもあり、あのような内容となってしまいました。それに、信頼に値するリスナーかどうかを依頼の前に確かめたかったのです」
「なるほど……」
大方の事情を呑み込めたエルクリッドはこの時点で断ろうと思えた。おおっぴらにできない内容となれば難しい内容、もしくは受諾し達成したとしても見返りが小さい事が多い。
特にリスナーを選抜する場合は尚の事、エルクリッドはすっと立とうとしたが、ふと横から机の上に置かれた湯気の立つカップが目に入り、チラリと横を向くとまだあどけなさの残る少年がニコリと笑っていた。
「ハーブティーをお持ちしました」
「あ、ありがと」
断ったのにと思いつつ良い香りのするハーブティーの入ったカップを手に取り一口飲む。
温かく優しい匂いが心を落ち着かせ、ほのかな甘さがとても良い。
「美味しい……君が淹れたの?」
「は、はい! よかったぁ」
素直な喜びと笑顔にエルクリッドも微笑みを見せ、ふと、少年の着ている服が地味ながらもそれなりの身分を表してると気づき、そこからタラゼドが詳細を伏せた理由を察する。
「あの……もしかしてこの子……彼が依頼に関係あるんですか?」
「その通りです。彼はノヴァ・トーランス、名前は聞いた事があるかもしれませんね」
ペコリと頭を下げる少年ノヴァに微笑み返しつつエルクリッドは記憶を辿り、トーランスというのが水の国で有名な大商人の名前と思い出す。
なるほどとタラゼドが詳細を伏せたのがわかり一安心、と言いたかったが、それなら然るべき手段で腕利きに連絡すればいいしわざわざ公の場に依頼を出す必要もない。
再び怪しさが強まるのだが、ニコリと微笑むタラゼドとノヴァの穏やかな表情、そしてハーブティーの落ち着く香りに疑心暗鬼はふわっとかき消されていた。
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