第13話 始まりを記す者

ルークたちが向かったのは、

“世界の原初”が眠ると言われる遺構──


《アトリウム・ゼロ》


地図に記されていない場所。

位置情報を持たず、座標に縛られない空間に存在するという“概念遺跡”。


到達条件は一つ。

“記録を持つ者3名以上が、意思を共有すること”。


フェリア、ネブラ、そしてルークが手を合わせた瞬間、

空間が反転し、世界そのものの座標が“書き換えられた”。



降り立った先は、時も音も存在しない“最初の図書館”。


天井のない空間。

無限に連なる白い書架。

だが、そのどれにも文字が記されていない。


「これは……書かれていない記録?」


リシアが呟く。


フェリアが、静かに答える。


「いいえ。“まだ誰にも読まれていない記録”です。

言葉が与えられていないものは、まだ存在していないのと同じなのです」


ルークの《オムニ・レコード》が光を帯びる。


──識別:観測領域・原初区画

──封印キーワード:“始まりを定義せよ”


(始まり……定義……)


そのとき、書架の奥に一つだけ“詩”のようなものが浮かび上がった。


《無言の詩・断章》


誰が最初に、名前をつけたのか。

誰が最初に、痛みを“痛い”と言ったのか。

言葉は、嘘をつくために生まれたのか。

それとも、誰かを愛すために……?


「これは……」


ルークは無意識に手を伸ばしていた。


すると、文字が浮かび上がる。


──観測者適合率:99.97%

──認証対象:ルーク・アークレイン

──記録反応:一致


フェリアが動きを止める。


「まさか……そんな……ルーク様、あなたは……」


リシアが振り返る。


「フェリア? どうしたの?」


「彼の記録構造……“私たちと同じ形式”です。

……いえ、それ以上。“上位記述形式”。まるで、“記録するために生まれた存在”のような……!」


ルークが目を見開く。


「……俺が?」


ネブラが低く呟く。


「つまり……そなた自身が、“観測される以前の存在”だった……?」


《オムニ・レコード》が新たなメッセージを示す。


■継承記録の照合により、ルーク・アークレインの正体に一部接続

■記録断片:観測者の雛型・第一世代コード“ArkLine”


【記録評価】:かつて“言葉”を創った存在の欠片


(……ArkLine……それが、俺の記録の本名?)


フェリアが静かに言う。


「もしかして……あなた自身が、“言葉の始祖”の断片を宿しているのかもしれません」


ルークは言葉を失っていた。


自分の過去。

自分のスキル。

自分の異常な観測能力。

誰にも共有されない記憶の断層——


それらすべてに、“一つの筋”が通り始めていた。


——自分は、観測される側ではなかった。

最初に“観測した側”だった可能性がある。



そのとき、空間が震える。


遠くから、黒い影がゆっくりと、図書館へと忍び込んできた。


それは、ネゼ=ウルとは違う存在。


もっと静かで、もっと冷たい。


──存在不明

──目的:“記録の最初を燃やすこと”


ネブラが身構える。


「来たか……“記録焼却者”の親玉だな。やつの名は……《エンディ・ルート》」


フェリアが表情を曇らせる。


「“終わり”を記すことで、全ての意味を奪う者……。

彼に“最初”を渡してしまえば、世界の言葉はすべて死にます」


ルークが前に出る。


「なら、渡さなきゃいい。俺が、“最初の記録”を読めばいいんだろ?」


《観測許可:継承者コード一致》

《最初の記録:開示可能》


——そして、ルークはページを開く。


そこにあったのは、“誰かの声”。


「ねぇ、名前って必要かな?

なくても伝わるなら、それでいい気がするんだ」


その声を聞いた瞬間、ルークの胸に、言いようのない既視感が走る。


(……この声、知ってる)


(……いや、“忘れさせられていた”……?)


空間の奥で、記録焼却者エンディ・ルートがゆっくりと手を伸ばす。


「さあ、語るがいい。“お前が忘れてきた名前”を」


ルークは、全てを取り戻す戦いの入り口に、いま立った。

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