第12話 言葉を喰らう者たち

《セラフィック・ホワイト》に侵入した、黒い霧のような存在。


それは形を持たず、言葉にもならず、

記録されず、観測すら困難な“否定の存在”だった。


だが今、それを前にしても、ルークは怯えていない。


《記録改変》——すでに発動中。


「“これは解釈可能な敵である”。……なら、俺に読めないはずがない」


空間に響くはずのない言葉が、存在を定義し始める。


──構造解析:進行中

──敵名:無名体・第一使徒ネゼ=ウル

──概念形態:不可逆記録喪失因子

──目的:言語・記録・定義の絶対的破壊


「つまり、“名前を奪う存在”か……」


その瞬間、ネゼ=ウルが発した“音にならない叫び”が、空間を震わせた。


リシアが耳を塞ぐ。


「……声じゃない、これは、“意味そのもの”を突き崩す……!」


ネブラの毛が逆立つ。


「やつの力は、存在するものから“名前”を奪う! それは……死よりも深い喪失だ!」


ルークの視界に、システムからのメッセージが重なる。


《警告》:黒の観測者による“記録喪失干渉”を確認

世界各地で「言語崩壊症候群」発症数:2431件(急増中)


(……もう始まってる。俺たちがここで止めなきゃ、世界は“意味のない廃墟”になる)


だが、ネゼ=ウルの“存在の圧”は想像以上だった。


フェリアが背後で防壁を張りながら、言った。


「ルーク。今のあなたにしかできない。“最初の定義”を!」


「最初の……定義?」


「はい。“言葉とは、何か”。

それを決めた者が、記録の秩序を取り戻すことができる!」


ルークは目を閉じる。

脳内を駆け巡るのは、これまで見てきたすべての“世界の断片”だった。


貴族の陰謀、神の遺構、仲間の裏切り、少年の孤独、鑑定士と呼ばれていた過去——


そのすべてに、“言葉”があった。


(……そうだ。俺は、言葉に傷つけられた。言葉で拒絶され、捨てられた)


(けど、同時に……言葉で繋がってきた。フェリアも、リシアも、ネブラも。俺自身も)


目を開いたルークの瞳が、白銀に染まる。


「俺が定義する。“言葉”とは、“理解しようとする意思”だ!」


《定義確定》──!

《敵干渉反転可能》


ネゼ=ウルの身体に、逆流するように“意味”が流れ込んでいく。


彼の輪郭が崩れ、“不可読”だった存在が、形と声を得て叫ぶ。


「……なぜ……ッ、なぜ定義できる……!!

我らは“名なき静寂”。お前に記されるはずが——」


「ならば、俺が記してやる。

お前は、“奪う者”じゃない。“読まれることで存在する者”だ」


《記録強制反転》——発動!


ネゼ=ウルが、消えた。


それはただの敗北ではなかった。

彼がこの世界に“存在していたという記録”そのものが、塗り替えられたのだ。



ルークは膝をつき、呼吸を整えた。


頭の中には今なお、“存在定義の余波”が渦巻いている。


リシアが静かに、肩に手を置いた。


「……あなたの声が、世界を守ったのね」


ネブラが短く笑う。


「世界は一度、“理解する”ことでしか救われぬ。

やはり、主はこの時代の観測者としてふさわしかった」


フェリアはそっと両手を重ねて言った。


「……あなたが定義した“言葉”は、これから世界の根幹に刻まれるでしょう。

でも、それを嫌う存在たちも、次々と動き始めます」


ルークが立ち上がる。


「なら、読み続けるだけだ。

俺は“この世界の本当の姿”を知るまで、止まらない」


フェリアが、小さく頷いた。


「継承者様。あなたの次の観測先は……この世界における、**“言葉の始祖”**です」


「……言葉の始祖?」


「はい。言葉を最初に与えた存在──原初の観測者(オリジン・スクリプター)。

彼の記録は、まだ誰にも解読されていません。

でもそこに、“最後の敵”の正体も隠されているのです」


ルークの《オムニ・レコード》が新たな項目を開示する。



●新観測対象:原初の観測者の遺構アトリウム・ゼロ

●鍵となる存在:記録守フェリア

●同行任務者:リシア、ネブラ



「よし、行こう。次のページを、めくりに」


彼の旅は、物語の“起点”へと向かう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る