第2話  神獣ネブラ様、なぜ猫なのですか?

「契約は成立した。これで、おまえはワタシの主(あるじ)だ」


——契約直後、黒猫はくるんとしっぽを振って俺の肩に飛び乗った。


「……え、もう終わり?」


「当然だ。神獣たるワタシとて、現代では霊力を抑えねば存在できぬ。これが今の"最適解"というやつだ」


そう言うと、猫はもふもふの前足で胸をぽふっと叩いた。

いや、叩けてない。ただのモフだ。


「……思ってた神獣とだいぶ違うな」


「喋る猫で満足しろ。おまえ、人語を操るモフを初めて見たくせに態度がでかい」


「モフって言ったなお前」


「言ったぞ。誇り高き神獣ネブラ様だ。尊敬せよ、崇めよ、撫でよ」


「最後のだけ変じゃないか?」


「撫でよ(真顔)」


「……」


——こいつ、本当に神なのか?


なんというか、いろんな意味で距離感がおかしい。

けど、契約の瞬間に感じた霊力とスキルの変化は、紛れもない事実だ。


俺の《鑑定》は、たしかに進化していた。

目の前にある木の根、落ちている小石でさえ、触れずとも詳細が読み取れる。

そして——


「未来が、読める……?」


目の前の視界に、選択肢のような小さな文字が現れる。



【3時間後】

・このまま森を出る → 遭遇率:魔獣ランクC(低)

・この場に留まる → ネブラの力が回復:小イベント発生



「これは……すげぇ」


「ふむ。オムニスコープは"可能性の視覚化"を基本としている。スキルと未来の可視化が同時にできるということだ」


「……すごいな、ネブラ」


「当然だ。ワタシは神獣。世界を五回くらい救ったことがあるぞ?」


「そのわりにはテンション軽いな」


「昔はもっと荘厳だったのだ。人類の劣化に合わせて、ワタシもこの形に最適化されただけ」


「最適化とは一体……」



夜が明けた。


森を出ようとしたとき、小さな村が視界に入った。

ここは《アスタル村》。

小さくて古びた村だが、俺がパーティに入る前に世話になった場所だ。


「ここ……懐かしいな」


「ふむ。人間の拠点か。食べ物はあるのか?」


「あるにはあるが、神獣が食うものではないかもな」


「バカめ。ワタシは焼き魚とミルクが好きだ」


「猫だなお前やっぱり」


「神猫だ」


そうして、俺たちは村へと足を踏み入れた。


村は静かだったが、活気はなく、人々の顔にも疲れが見える。


「最近、このあたりに魔獣が増えてな……村の男たちは狩りに出て戻らねぇんだ」


「そんなことに……」


昔世話になった村長の言葉に、俺は自然と拳を握っていた。


「よし、俺がやる。魔獣退治もダンジョン踏破も、全部任せてくれ」


「お、おい……お前、戦えるのか?」


「大丈夫。パーティを抜けて、ちょっと覚醒したからな」


「ふふん、我が力あれば当然だ」


「お前も黙ってろネブラ」


「にゃあ(しょんぼり)」


そのとき——


未来視が、また発動した。



【分岐予測】

・村の依頼を受ける → 信頼度上昇。神獣スキル:『守護結界』解放

・断る → 村との関係断絶。孤立ルートに移行



「ネブラ、いいか。これから、俺たちの新しい旅が始まる。

世界をちょっとだけ、見返しに行こうぜ」


「む? ワタシの肩を借りておいて、生意気なやつだな。……まあ、いい」


黒猫はしなやかに背を伸ばし、太陽の光を浴びながら、ふわりと尾を揺らした。


「行くぞ、主。世界を変えるのは、今この瞬間からだ」


——こうして俺とネブラの旅が始まった。


そして数日後、元仲間たちは知ることになる。


"足手まといの鑑定士"だったはずのルークが、最凶の神獣を従え、ダンジョンを単独制覇していたという噂を——。

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