魔女の話

つみきは、七人いる魔女の中では一番年下で、魔女になった時間も遅い。

 魔女になるには、魔法を使えなくてはならない。そして、魔女は魔法を教えるような能力を持たない。魔法はコツと、ほんの少々の奇跡、それから鋭利な感受性がものとなる。

 つまりは魔女というのは天才の集まりで、そして、奇跡の産物だった。

 つみきを魔女にしたのは、ある人狼の気まぐれだった。 何がしたかったのか、当時幼かったつみきは知らない。突然家にやって来た彼女は、つみきの目の前でゆっくりと両親を殺した。ゆっくりと、それはもうゆっくりと。

 ゆっくりと、皮をはぐようにして、彼女の両親は人狼に食べられていった。

 つみきはいまだに生ハムが食べられない。製造工程を知ってしまったからだ。あとチーズ料理も駄目だ。特にパスタなんかは。

つまりはそういう事だった。

『魔法を使いなさい』

 その人狼は、両親のうめき声と悲鳴の中、つみきに謳うように囁いた。

『私は魔女を見てみたいの。今しているのは、その実験。あなたが魔女になってくれたら、貴方の両親をいじめるのはやめてあげる』

 彼女の作る料理はおいしかった。彼女の家事は上手だった。彼女はつみきを柔らかく育てた。

 つみきは、その影で泣いていた。

 両親は、状況を理解してすぐには気丈だった。つみきに頑張れ、と声をかけ、歯を食いしばって痛みに耐える理性があった。ただその理性も、肌を削がれ、肉をついばまれ、骨を削られ、そうして体が文字通りすり減っていくほどになくなっていき、耐えきれないように悲鳴を上げるようになった。

 つみきは、魔法を使おうとした。両親の事は好きだったし、死んでしまうのも、苦しんでいるのを見るのも嫌だった。ただ、彼女は魔法の使い方などこれっぽっちも知らなかったし、彼女にそれを求めた女も、全くもって同じだった。つまりは、その時の時間は、答えのない状態で、何が問題か分からないまま、問題が何か考えるような行為に似ていた。

 必然的に、つみきはただ両親を見ているだけのことが多くなった。何かしなければいけないという焦りだけが募って、それでも、何をすればいいのか分からず、立ちすくんでいた。

 理性を失った両親は、そんなつみきをなじった。無能、馬鹿、死ね、産まなきゃよかった、助けて、痛い、なんで助けてくれないの。見にくい自己憐憫の言葉を両親はつみきにぶつけて。つみきは必死に、それに答えようとして、でも、何もできなかった。

 人狼は、それを見てけたけたと笑っていた。

 やがて、鼻を削られ、眼球をプリンのようにえぐられ、力なく縛られた両親の周りに虫が飛び出して、それでもまだ両親が死なないでいたころ、両親の言葉が変化した。いや、それは、希望が変わっただけなのかもしれない。もはや、自分の未来を悟り、ただ今の苦しみから逃れるすべを懇願するしかなくなってしまったのかもしれない。

 両親は、こう繰り返した。

 ころして。

 ころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころしてころして。

 つみきは、必死にそれをかなえようとした。しかし、魔法以外の方法でそれを成すことは、人狼が許してくれなかった。だから、つみきは、魔法を覚えるしかなかった。必死に、彼女は考えた。両親を殺すすべを、そして、この地獄を作った人間を殺す方法を。

『…………君』

 それから、何があったのか。ころして、と、うわごとのように呟く両親を必死に見つめていた時間と、その後の記憶の間の記憶は、つみきにはない。ただ、自身の魔法である、大鎌を握って、窓の割れた自分の部屋に、うなだれた両親の残骸と立ち尽くしている記憶だけが、つみきに残ったその地獄の結末だ。

 彼女がそれを覚えているのは、その時に耳を打った、少女の声を覚えているから。

『…………。これ、君が?』

 その地獄におおよそ不釣り合いなあどけない、当時のつみきからみて、お姉さんという年齢の少女は、その光景を見てつみきに尋ねた。

 つみきは、小首をかしげることしかできなかった。彼女の言い分が理解できなかった、という訳ではなくて、認めたくなかった、という訳でもなくて、ただ、その記憶がなかったから。

 その、女の子は、たまらないという風に顔をゆがませると、つみきをぎゅっと抱きしめた。人狼が家に来てから、感じた覚えのない、人のぬくもり。

『ごめんね』

 もっと早くついていたら、というような、もしもの話を、彼女はしなかった。君は悪くないなんて、つみきの所業を肯定することもしなかった。

 ただ一言、彼女は言った。

『頑張ったんだね。偉いよ。本当に。よく頑張った』

 その言葉が、ただ、暖かくて。つみきは声を上げて泣いた。本当は、ずっと泣きたかったのに。それを許してくれなかった大人の代わりに、彼女が許してくれた気がして。

 それが、つみきと彼女の出会い。

 つみきが今でも忘れられない、つみきの師匠で、自慢のお姉さん。

 原初にして絶対の魔女。

 唯香と、年の離れた彼女にも名前で呼ぶように言った、優しいお姉さん。

 二年前に人狼に食い殺された、つみきの大切な人だ。

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