人間と魔女5
「なんでそんなこと聞きたがるの?」
「警護すべきかと」
「誰を?」
「鈴鳴さん」
「なにから?」
「人狼」
まっすぐな目で、彼女は答える。うん。ここまでは、理解が追いついている。
「でも、人狼って、人間を襲うんでしょう?」
「うん」
「こうやって話を聞いて、それは確かにちょっと怖いな、とは思うよ」
実際に、澄香は昨日襲われたわけだし。
「ただ、じゃあ、つみきちゃんが護るというか、警護するべきなのって、私だけじゃなくない?」
昨日も、別につみきちゃんは澄香をつけてきたわけではなかった……。と信じたい。周りで不審者の行動は聞いたことがないし、もし澄香の事をすでに認識していたのなら、澄香の住所を知らないのは不自然だ。今更、澄香を集中して警護しようとする理由が分からない。
「ああ…………。そうか」
合点がいった。という風に、志水さんは頷いて、少し思案するように顎に手を当てた。ただ、少し考えて吹っ切れたのか、再び口を開く。
「ごめんなさい。それは言ってなかったですね」
「……つみきちゃんって、結構おっちょこちょい?」
「……? 話下手。とは、よく言われましたが」
それはまあ、下手だ。
話せば分かる。
「簡単に言えば、鈴鳴さんは、また人狼に狙われる可能性が高いという事です」
そう、彼女は静かに言った。なるほど、と澄香は合点がいく。彼女がそう考えるなら、澄香を警護するのは都合がいいだろう。
「私達と人狼は、魔力、マナ、といわれるを使うんですが」
「ファンタジー小説みたいな?」
「そうですね。私達にとってそれらは、自分の外から持ってくるもので、必要な時だけ使うものです。だから、力が足りなくなることはない」
私達は。と、つみきは言った。
それはつまり。
「人狼はその存在そのものが魔力消費の塊です。私達が空気を吸うように、水を飲むように、彼らは魔力を消費する」
「その補給に、人間を食べるんだ」
「ええ。魔力はどこにでも存在しますが、生物、それも、高度な思考回路を持った生物から、より効率よく摂取することができますから」
さて、と。そこでつみきちゃんが澄香に向き直る。
「その魔力の質が、鈴鳴さんはすごく高いんです」
「え?」
「昨日の人狼、鈴鳴さんの血や肉を食べた時、随分興奮していませんでしたか?」
そう言われて思い返す。昨夜の、あの人狼の様子。確かに、怖いくらいハイテンションだったけれど。
「でも私、頭よくないよ? 成績、中の下くらいだし」
「同じ人間なら魔力の量はほとんど変わりません。でも、鈴鳴さんの血からは、普通の人の2から3倍の魔力を感じました」
「高いね!?」
「すごく」
「え、なんでだろ。全然心当たりないんだけど……」
「鈴鳴さんが魔女でないなら、血筋、としか言いようがないのですが……」
そこまで聞いてようやく澄香は納得する。
「だから、家族構成?」
「ええ。鈴鳴さんの家族も、おなじように襲われる危険が高いですから」
だから、教えて欲しい。ベンチに置いた手を握って、つみきちゃんは澄香に言う。澄香とがっちりあった視線から、彼女のまっすぐな気持ちが伝わって来る。
伝わっては来ている。その言い分に、邪な感情がないって事は。
伝わっては、来ているんだけれど。
「えっと………。念のため、警護って何するか、聞いてもいい?」
「? 家に一晩中張り付こうとは、考えていますが」
そうだよね。そうなるよね。
「ごめん」
「あ、ご安心を。ちゃんと私の姿は隠れるような魔法は使います」
「ごめん、そういう事じゃなくて」
さすがにちょっと、同姓とはいえクラスメイトに自宅を監視されるのは抵抗がある。
「……。人狼って、魔力の高い肉体をすごくおいしく感じると聞いています」
「へ、へえ……」
「きっと、鈴鳴さんの味も、あの人狼は覚えている」
それは、つみきちゃんも澄香と同じという事じゃないだろうか。脳裏に浮かんだ疑問は、ぎゅっと握られた自分の手に遮られた。悪気がないのも、必死になっているのも、澄香には十分に伝わっていて、それでも澄香は、素直にそれに頷くことができない。
その理由が、羞恥心なのが、少し情けなかった。
自分の家、自分の家庭を見られたくないという。
ただの。
澄香の。
「……何やってるの?」
その言葉にうつむいてしまった澄香の視界の外で、地を這うような声がして、澄香はびくりと肩を縮めさせる。
慌てて振り返ると、視線の先には半開きになった扉と、そこからうっすらと顔をのぞかせている昴ちゃんがいた。その顔は、能面の様に無表情だ。ちょっと怖い。
「あ、昴ちゃん……」
「瀬尾さん。授業は?」
「私も腹痛」
能天気に尋ねたつみきちゃんの言葉を、底冷えする声で昴ちゃんが一刀両断する。ひええ、と自分の口から悲鳴が漏れるのが分かった。そのまま昴ちゃんはどかどかと足音を鳴らしてベンチまで歩いてくると、澄香の後ろにベンチにまたがるように腰掛けて、そのままぎゅっと澄香を抱き寄せた。ぎゅむ、と、澄香の身体が昴ちゃんに密着する。
「サボりですか」
「どの口が……。というか質問に答えてよ」
「質問?」
「何してたの?」
言外に、澄香に、とは言っているのが分かった。ぎゅっと押し付けられた顔を、春風に躍ったリボンが撫でで、少しこそばゆい。
「少し、きたいことがあって」
「何聞かれたの、澄香」
「えっと……」
「住所と家族構成」
わざわざ言わなくてもいいんじゃないかなあ。
「は?」
「これでいいですか?」
「え、そんなこと知ってどうするつもりなの?」
「瀬尾さんには関係ないことでは?」
「関係あるから」
関係あるんだ。
「なぜ?」
「なに? なにか知られたらまずかったりする理由なの?」
「別に」
「というか、澄香も。そんなこと聞かれて教えたの?」
「教えてないよお……」
面倒くさいことになったなあ、とどこか遠くを眺めていた澄香に、突然矛先が向く。半泣きになりながらそう答えると、澄香を抱きしめる昴ちゃんの腕の力がぎゅっと強くなった。
「教えるの?」
「……。教えない、かな」
「ほら。本人もこう言ってるじゃん」
「……。わかりました。鈴鳴さんがそういうのなら、もう聞かないことにします」
あくまで澄香の言葉を受けて。という態度を崩さずに、しかしそう答えるつみきちゃんの言葉に、澄香は胸をなでおろす。よかった。
「代わりを使います」
全然よくなかった。
「あんたさあ……」
「代わりに、明日の予定だけでも聞かせてもらえませんか。どこか行ったりします?」
横で呆れる昴ちゃんを華麗に無視して、つみきちゃんは澄香に尋ねる。じっとその眼で見つめられて、澄香は脳内のカレンダーをめくる。明日は土曜日。学校はないから……。
「あ」
自分の中のスケジュール帳の予定を思い出して、澄香は視線を上に動かした。
予想通り、苦虫を嚙み潰したような昴ちゃんの顔が、そこにはあった。
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