魔女
とーんとーんと、その少女はビル街をかけていた。走っているのはマンションの屋上。地上から30メートル以上の高さを、彼女は恐れることなく駆けていく。いや、駆けていく。というのは少し正確ではないかもしれない。彼女はふわりとビルの上に飛び移ると、スキップをするかのように柔らかくビルを踏み切って、それでいて大きく高く次のビルへと歩を進めていた。月面旅行をしている宇宙飛行士の歩行に近い。その姿は、彼女が普通の人間ではないことを教えていた。
全身黒いロングコート。顔は長く伸びた前髪に隠れてよく見えない。いや、というよりも彼女の存在そのものがどこか曖昧で、月明かりを覆う彼女の姿は、明るい摩天楼の中でいかにも目立ちそうなのに、彼女の下を歩く人たちは、誰も彼女を見ようとはしない。
彼女の住まう町。その中でもひときわ高い、20階以上あるマンションの上で、彼女は立ち止まる。夜も更けてきているのに未だ眠らない街は、彼女の視線の下でまだ蛍火のような明かりを振りまいていて、眠る時間にはまだ早いと主張し続けていた。耳を澄ませれば、雑多な喧噪が耳に届く。
「…………」
その喧噪に耳を澄ませ、街の明かりを観察し、あるいは明かりの隙間にある闇をのぞき込み、彼女は無言で街を見下ろした。探しているのは、喧噪の中に紛れる悲鳴だ。それが、彼女の役割だったから。
「…………!」
やがて、何かに気がついたのか、彼女はすこし高い椅子から降りるように気軽に地面へとその身を投げた。音もなく、雑多な街へと彼女は消える。後には、物言わぬビルだけがそこに残されていた。
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