第2話 放課後スイーツ

『付き合って欲しい』

そう朗に言われて、放課後に連れてこられたのは…

「スイーツワンダーランド…」

スイーツのテーマパーク型商業施設『スイーツワンダーランド』。不思議の国をテーマにした施設内には、業界での有名店や話題の店が出店しており、施設中どこに行ってもスイーツだらけ。文字通り、お菓子なワンダーランドなのだ。

 もちろん私だって来たことはあるが、それは女子の友達と一緒にが当たり前な訳で…男の人と一緒に、二人きりで…というのは全くの未経験だ。

 

 ソワソワと落ち着かない私に、朗は「ん」と無造作に一枚のカードを手渡した。

「…ご優待券?」

「今週から初夏のフルーツフェア始まったから。それ、中のバイキングが半額になるんだ」

「えっ、半額?!」

改めてカードをよく見ると『キング限定特典』と書かれている。『キング』とはスイーツワンダーランドにおいての最上位ゴールド会員、いわば超お得意様の常連客ということだ。会員は三段階の階級に分けられていて、来店回数や店舗の利用金額等でポイントが貯まり、特典として反映されるシステムだ。しかし、その道のりは険しく簡単には『キング』にはなれない狭き門なのだ。

「朗、キング様だったの?私まだ最下位級ジャックなのに…」

呆然とした呟きを聞いた朗は少し得意気に微笑んだ。


「んんん~っ、甘酸っぱうまーい!」

さっぱりとした酸味とこっくりとしたチョコレートの甘みの絶妙なバランスに、思わず歓声を上げてしまった。ラズベリーのチョコレートケーキ。これ、おかわり決定。

「…うん、このベリーのタルト正解だな。クリームが甘すぎなくてベリーと合う」

向かい側の朗も、自分の皿のタルトを一口食べてふむふむと頷く。

「え、ホント?私も食べてみようかな」

 平日だというのに結構賑わう店内で、私達はテーブル狭しとケーキを並べてバイキングを堪能中。季節物の限定ケーキを筆頭に、あるもの全て持ってきました的な勢いだ。

「…なるほど、朗はブルーベリーが好きなんだ?」

見ると、彼の集めてきたものはブルーベリーが多かった。多種多様なベリー系スイーツからブルーベリーをメインにした、と見て取れる。すると朗は一瞬考えてから柔らかく笑った。

「…あぁ、ブルーベリーが採れたらどうやって料理してやるのがいいか考えてた。いつもジャムじゃつまらないしな」

「ブルーベリー?」

「知らないか?屋上で糸が育ててる」

月詠寮の屋上には、糸くんが管理している温室がある。一年中バラの咲く温室はなかなか素晴らしくて、本当に彼は吸血鬼なのかと疑う程だ。たまに農作業用の帽子(婦人物)を被って彷徨いていたのはガーデニングの為だったのね。

「ブルーベリーかぁ…」

「お前はなにがいい?」

目の前に並べられたベリー系スイーツを見比べ、自分なら…等と考えていたらその内容をズバリと言われてしまった。ドキッとして顔を上げると朗と目が合う。

「えっ」

すると、朗は急に視線を反らして手近なケーキを食べ始めた。

「…べ、別にお前のリクエストに応えてやろうとか、思って聞いたんじゃない。毎年の事だから、ネタに困って…」

よく見えないけど、もしかして…赤くなってる?

「参考までに聞いただけだから」

「うん」

「勘違い、するなよ」

「うん(笑)」

「…笑うな」

いやいや、無理です。勝手に緩む口元を誤魔化す為に、私も手近なケーキを口に運ぶ。

「…ん!このケーキ美味しい!それに見た目もなんかかわいい〜」

適当に手に取ったケーキに思わず感動した。それは、しっとりとした柔らかなスポンジにブルーベリーのムースが包まれた様なケーキで、よく見る断層状になったヤツとは少し違う。

「…ズコットだな」

「ズコット?」

朗が身を乗り出して、私の皿を覗き込む。

「ズコットはイタリアの菓子で、中身はアイスクリームとかを詰めて作られるケーキだ。…これは見た感じブルーベリーのムースっぽいな」

「ムース…」

確認のために再度口に運ぶ。

「うん、そうかも」

「じゃあ大丈夫だ。本場の本物は難しいけど、ムースのヤツならネットにレシピがあった筈…」

そう言って朗は自分のスマホを取り出すと、画面を見てはたと止まった。

「学園から着信…?」

訝しげな表情の彼にかけ直すように頷く。すると、朗は「悪い」と小さく呟いて席を立った。


 数分後、朗は戻ってくるなり慌てた様子で荷物と伝票を掴んで私に言った。

「親戚が突然訪ねて来たらしい。悪い、俺先に帰るけど…」

ふと、朗の視線がテーブルに落ちる。そこにはまだ二人で集めたケーキが割と多く残っている。バイキングのマナーは『お残し厳禁』だ。

「大丈夫!」

心配そうな朗に向かってピースサイン。

「ここは任せて先に行くんだ!これ一回言ってみたかったんだよね〜てゆーかこのくらいの量、余裕余裕〜♪」

「…そうか?悪い…」

なんだかシュンとした様子の朗。楽しみにしてたんだなぁ…と思った瞬間、脊髄反射で言葉が滑り出していた。

「また来よ!フェア始まったばっかりだしさ、ねっ」

「…そう、だな」

朗はフッと笑うと、一人先に学園へ帰って行った。


 違和感、だ。今日の朗はなんだかしっくり来ないんだよな…というか、いつもと違う。

「突然付き合ってとか言うし…って、あれ?」

そして気付いた。

「付き合ってって、バイキングに付き合ってって事?」

ふと、周りを見回せば幸せそうにいちゃつくカップルだらけ。かたや、相手に置いていかれ一人でケーキをがっつく自分…

「……」

恥ずかしさと居た堪れなさに、目の前のケーキを一口で頬張った。


「まったく、朗ってばケーキの研究に来たくせに全然食べない内に帰っちゃうんだもんなぁ」

手元の箱を大事そうに見つめる。箱の中身はミックスベリーのタルト。しかもホールで。

 バイキングで確保したケーキをぺろりと平らげた後、同じ施設内の持ち帰り販売をしている有名店でお土産として調達したものだ。カットされた物を人数分、でも良かったがやっぱりホールの艷やかな輝きには勝てず…ちょっと奮発してしまった。ちょっとヤケだ。

「ま、いいのいいの!」

寮に帰ったら皆で食べよう。なんだかモヤモヤしたものを片隅に感じながら、学園へと急ぐ。校舎横を通り抜けた方が寮への近道だ。

 校門から入り、校舎を取り囲む林の小路へ向かう。一応整えてはあるが、苔むして年季の入った煉瓦造りの細い道がひっそりと寮へと続いている。因みに、夜は灯りが2、3個しか設置されてない為マジで真っ暗なのだ。真面目な話、懐中電灯は必須。

 覆い茂る森のおかげで他より早く夜になるこのエリアは、両手が塞がったままは非常に危ない。私が、というよりタルトが。若干急ぎ足で歩いていると、突然横の茂みから何やら大きなものが現れた。

「ぅわ?!え、な、何、鉤月さん?!」

「はっ!こんなところに女の子が…!」

「え、え?」

突然現れたソレは暗くてよく見えないけど、どうやらヒトだったようで。これまた突然こちらに近付いて来た。

「キミ、ここの生徒さん?可愛いね!あ、髪も長くてキレイだ〜」

「え?はぁ、どうも?」

なんだか、馴れ馴れしいなぁ…。あれ?でも、どうしてこの暗さで私の髪が長いってわかるの?私は顔さえハッキリ見えないのに…

その疑問は、案外アッサリと向こうから解けた。

「あ、あのさ俺迷っちゃって〜。『月詠寮』に行きたいんだけど…君わかるかな?」


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