魔女、はじめました。2-銀の狼と月の魔女-

火稀こはる

第1話 『魔女告白事件』

 月夜に耳を澄ませれば、微かに聞こえる。あれは…遠吠え?

 夢と現実の狭間で、遠く近く。誰かを呼ぶ、その声は合図。


 同じ頃、月を見上げる人影。遠吠えに全身の感覚を研ぎ澄まして仲間の気配を追う。いつも冷静な瞳が焦りの色を濃くしているのは、彼自身がそれを予想していなかったから。


 さぁ、はじまりの幕が上がる。


 季節は初夏。新しい生活にも魔女修行にも慣れ、ここ黒月学園の制服も夏の装いに移り始めている、そんなある日のお昼時。突然その爆弾は投下された。


 授業終了のチャイムと共にガクリと机に倒れ込んだ。

「お腹が空いて力が出ない…」

「アン◯ンマンかっ!」

「由依、それを言うなら『顔が濡れて…』じゃない?」

『ぐぅ~』

ダブルツッコミに腹の虫が応えた。

「アンパン…食べたい…」

「だめだこりゃ。ほら、由依!ランチ行くよ〜」

九重に促されて席を立った時、急に教室がざわりとどよめいた。見ると、視線の中心によく見知った顔…というか、耳。私の居場所を察知したのかピクピク動いた。

「あれ?朗…」

すると朗は一直線にこちらへ向かってきた。何やら緊張感が漂う。

「おい…えっと、宵月」

「ん?」

珍しく名前を呼ばれた。いつもは、「おい」とか「お前」とか昭和のお父さんみたいな感じなのに。まったく、私はあんたの嫁じゃないっつーの!と、いうのはさておき。

「なに?あ、わかった。辞書貸して〜とかでしょ?残念ながら私、辞書持ってないんだなぁ」

「違う」

へっ?と、顔を上げると真剣な瞳と目が合う。金色を内包した淡い茶色。朗が作ってくれるプリンのカラメルを思い出す。

「…宵月」

すると、ガシッと両肩を掴まれた。教室中が彼の挙動を固唾をのんで見守る。

「…付き合って欲しい」

「ほっ?」

「放課後、迎えに来るから待ってろ」

「えっ?!ちょ、ちょっと待って?」

なんだって?事態の把握が出来ないぞ?!

 おもわず、言うだけ言って立ち去ろうとする朗を引き止めた。

「そんな事いきなり言われても私…」

言ってる内にみるみる顔が熱くなっていく。朗はそんな私を見て、更に赤くなってそっぽを向いた。

「別に、俺はそんな気になるとかじゃないけどお前が…っ、仕方ないから付き合ってやるだけだから」

それだけ早口で呟くと、そのまま教室を出ていってしまった。残された私を含むクラスメイト達は皆一様にポカーン状態だ。

「…ね、ねぇ、今のって」

「…告白、だよね…?」

誰かが呟く。

こくはく?朗が?私に?

「えっ…ええええぇ〜?!」

教室中が大混乱だ。まさしく、爆弾投下。そして、その出来事は瞬く間に学園中に知れ渡ったのだった。


 その『魔女告白事件』から数時間後。学園最寄り駅に降り立つ二つの人影。一人は短髪でワイルドな雰囲気、もう一人はやや長めなショートヘアで落ち着いた感じの美人。だが、二人とも男性だとわかる。しかも、顔がいい。平日ゆえに人通りは多くないが、通り過ぎる女性達は皆振り返っていく。そんな視線なんて気に止めることもなく、ワイルドな方が大きく伸びをしながら口を開いた。

「あー…、疲れた〜…んで?どこ行きに乗ればいい訳?」

「『黒月学園行き』は…あぁ、向こうですね」

美人がバスのロータリーを指さした。

「ん〜なぁ、りょう兄?俺もうそろそろ…」

「置いていきますよ、頼明よりあき

「スイマセンでした。置いていかないで…」

さっさと歩き出す美人…稜にヘコヘコと付いていくワイルドな方…頼明。

 二人の目的地は『黒月学園』。何やら波乱の予感を纏って二人は歩を進める。



 

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