第21話:楽しいお買い物

「カエデはバルフェムに来てから、買い物とかしたの?」

「あ、やっぱり買い物に行くんですね」


 目的が買い物だと分かり、楓は苦笑いしながらも質問に答える。


「買い物はまだですね。昨日は商業ギルドでセリシャ様と色々お話をして、従魔具を作って、試して、そんな感じで過ごしていたら、あっという間の一日だったので」

「……確かに、それはあっという間に過ぎていきそうね」


 やや呆れ声を漏らしたティアナだったが、ならばと買い物にも気合いが入る。


「それじゃあ、私のオススメのお店とかも紹介しちゃおうかしら?」

「そ、それよりも! 従魔具の材料集めの方が私には重要でして……その、オススメのお店の紹介はまた今度にしてもらえたら嬉しいかな~……なんて?」


 楽しそうなティアナには申し訳ないが、楓としては従魔たちのために早く従魔具の材料を集めたいと思っている。

 護衛を依頼しておいてという思いもあったが、ここは譲れないとティアナに声を掛けた。


「うふふ。冗談よ」

「……へ?」

「カエデが従魔たちのために動いているのは十分に理解しているもの。でも、私も護衛として楽しく護衛をしたいからさ。報酬の料理に関しては妥協したくないんだ」

「……た、確かに」

「だから、オススメはもちろんまた今度ってことで、料理に必要な買い物だけは付き合ってちょうだいよね」


 楽し気にウインクをしながらティアナがそう口にすると、楓は最初こそ驚きの表情だったが、徐々に納得顔で大きく頷いた。


「バルフェムは従魔都市って言われているけど、従魔持ち以外の人も結構足を運んでくるの。私みたいにね」

「それはどうしてですか?」

「単純にバルフェムが大都市ってこともあるんだけど、一番の理由は南の大都市と王都を繋いでいるからかしら?」

「南の大都市、ですか?」


 楓が首を傾げると、ティアナは丁寧に教えてくれる。


「私たちがいた王都フォルランに次ぐ大都市と呼ばれている場所が、バルフェムの南にはある、大都市ポーフォリオよ」

「王都に次ぐってことは、バルフェムよりも大きいんですよね?」

「もちろん! だから、バルフェムには多くの往来があるってわけ!」


 そう言われた楓は、改めて通りを歩く人たちに視線を向ける。

 異世界の洋服と言えば話は簡単だが、それでも明らかに雰囲気が違う洋服を身に纏っている人も少なくない。

 もしかするとそういった人たちが、南の大都市ポーフォリオから来た人なのかもしれないと、楓は思った。


「さあ! そんなことよりも買い物よ、買い物! どんなものがあったら美味しい料理が作れるのかしら?」


 ポンッと手を叩いたティアナがそう口にしたため、楓も思考を切り替える。


「そうですね……やっぱり調味料でしょうか。あとは、香辛料とか?」

「……香辛料って、何?」


 質問に答えた楓だったが、香辛料がティアナには通じなかった。


「調味料の一種なんですけど、主に香りや辛味を加えるものですね。同じ食材でも味付けが大きく変わるので、あったら便利かなー、って」

「へー、そんなものがあるんだね。でも……そんなもの、どこに売っているの?」

「で、ですよね~」


 ティアナが分からなければ、楓が分かるはずもない。

 そこで楓は、一つの質問を口にする。


「ティアナさんが持っていた調味料は、どこで買ったんですか?」


 塩や胡椒を置いていた店なら、香辛料も置いているのではないかと楓は考えた。


「それが、ちょっと前にあった露店市で買ったものだから、今はないのよね」

「そうだったんですね。それじゃあ、時間を決めて、食材を取り扱っているお店を片っ端から当たってみます?」

「そうしましょう! それなら……三軒回ってダメなら向かいましょうか!」

「時間じゃなかった……でも、分かりました! そうしましょう!」


 それから楓たちは宣言通り、食材を取り扱っているお店を三軒回ってみたのだが、香辛料を見つけることはできなかった。


「うぅぅ。私のお昼ご飯……」

「そ、そんなに落ち込まないでくださいよ、ティアナさん。香辛料は買えませんでしたけど、他の調味料は買えたじゃないですか」


 落胆しているティアナだが、楓の言葉通り別の調味料を購入することはできた。


「これを使って、昨日とは違った味付けでお料理を頑張りますから!」

「……本当?」

「もちろんです! これがティアナさんへの報酬になるんですから、頑張らなきゃ!」


 ない力こぶを作りながら、楓は笑顔でそう口にした。

 その姿を見たティアナは苦笑を浮かべ、自分も頑張らなければと気合いを入れ直す。


「……よーし! それなら私は、たくさんの材料を集めないといけないわね!」

「あ、でも、私のお料理に見合う量でお願いしますね? あまり多すぎると、むしろプレッシャーになっちゃう――」

「え? ってことは、めちゃくちゃ集めないとダメね!」

「逆ですから! そこまで多くなくてもいいですから! あの、聞いてますか、ティアナさん!」


 元気に大股で歩き出したティアナを見て、楓は大慌てで追い掛ける。

 果たして、ティアナは従魔具の材料をどれだけ集めてしまうのか、楓は内心で戦々恐々としていたのだった。

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