第20話:初めての依頼とティアナのランク

 当然だが、周りの冒険者たちから視線が集まってしまう。


「はっ! し、失礼いたしました!」


 慌てたようにミーナが謝罪を口にすると、楓は苦笑しながら謝罪を受け入れる。


「気にしないでください。私も最初は驚いて、声を上げちゃいましたから」

「いや、カエデ? 言っておくけど、笑い事じゃないからね?」

「そうですか?」


 楓の言葉にティアナがそう口にするも、当の本人は首を傾げてきょとんとしている。


「スキルもそうだけど、サブスキルだってそう簡単に誰かに教えちゃダメなんだよ? それくらいは分かるだろう?」

「え? そうなんですか?」

「そっかー。知らなかったかー」


 まさかの答えにティアナは顔を覆いながら苦笑いする。

 しかし、それで終わりにしていい話でもなかった。


「ここバルフェムでは、あまり知られない方がいいでしょうね」

「そ、そうですね。私もこのことは心の内に留めておきます」

「えっと、なんだかごめんなさい」


 ティアナとミーナからそう言われ、楓はなんだか申し訳なくなってしまう。

 とはいえ、これで楓が安価な材料を求めているのかも理解できた。


「高価な従魔具を売りつけるのは、外聞が悪すぎるからね」

「そうなんです。なので、従魔に従魔具を買ってもいいって相手にだけ、予算を聞いた上で、その予算内で従魔具を作れたらなと思ったんです」


 楓が何をしようとしているのかも分かったところで、ミーアが書類をまとめていく。


「依頼品は従魔具の材料で、安価なものであればなお良し。量はどういたしますか? 多くなるとその分、報酬額が高くなるように設定もできますが?」

「そうですねぇ……」


 ここからは楓の財布との相談になる。

 レイスから手渡されたお金は、楓の意見が反映されたこともあり、平民が手にする一ヶ月の収入の平均額、その三ヶ月分になっていた。

 これはバルフェムに到着してもすぐに仕事を見つけられるとは限らないからと、やや多めに渡してくれていたのだが、ありがたいことに仕事はすぐに見つかった。

 ならば、上限の金額をやや高くしても問題はないだろうと楓は考える。


「そ、それじゃあ、上限を設定させてもらいたい――」

「報酬はカエデの料理にしてもらうことはできるかしら?」


 楓が意を決して決断しようとしたところへ、ティアナからまさかの提案が飛び出した。


「……え? わ、私の料理、ですか?」

「へへ。実は、カエデの料理の味が忘れられなくてさー! バルフェムに到着してから他のお店で食べても、なんだか満足できなくなっちゃったのよねー!」


 恥ずかしそうに笑いながらティアナがそう口にすると、驚きの表情でミーアが楓を見る。


「そ、そんなにお上手なんですか?」

「いえいえ! 人並み程度ですから!」

「いいや! 私からしたらあれはプロ級だったわ! あんなに美味しい料理、食べたことがなかったんだもの!」


 嬉しくもあり、恥ずかしくもあるティアナの感想を受けて、楓は申し訳なさそうに口を開く。


「本当にプロとか恐れ多いので! ……だけど、本当に報酬がお料理だけでいいんですか? お金の方がいいんじゃないですか?」

「美味しい料理の方がいいに決まってるわよ! それに私、今のところはお金に困っていないからね!」

「そうなんですね。……でも、冒険者ギルド的には、報酬がお料理だなんて、問題になりませんか?」


 当事者同士が納得していても、仲介している冒険者ギルド的に問題があれば、それはまた別の話になってしまう。

 そう思って確認を取った楓だったが、ミーアは笑顔でこう答えた。


「問題ございませんよ! 特にティアナさんの信頼はギルドからも絶大ですし、求めているものがお料理であれば、その方がいいかと思います!」

「大丈夫なんだ。……それにしても、ティアナさんってすごいんですね。絶大な信頼って」


 ミーアの言い回しが気になりティアナに声を掛けてみた楓。

 ここでティアナは思い出したかのように口を開く。


「そういえば、カエデには言っていなかったわね。私これでも、Sランク冒険者なのよ?」

「……え? ええええぇぇええぇぇっ!! そうだったんですかああああぁぁああぁぁ!?」


 冒険者ギルドのランクについて、知っているわけではない楓だが、商業ギルドのランクについては教えてもらっていたため、Sランクがすごいことはなんとなく分かってしまった。


「……あ、あの、Sランクの方が私なんかの依頼を受けても、大丈夫なんですか?」

「全く問題ないわ! むしろ、私にとってはカエデの料理が、どんな大金よりも価値のある報酬なんだもの!」


 ものすごく熱く語られてしまい、楓はどうしたらいいのか分からなくなってしまう。


「いいと思いますよ、カエデさん」


 そこへミーアが助言してくれた。


「Sランクだから敬う人もいますし、そうしろと言ってくる人も、もちろんいます。ですがティアナさんは、人と人との繋がりを大事にされる方です。きっと、カエデさんとの繋がりを大事にされたいんじゃないでしょうか」

「ミーアさん……」


 ミーアの助言を受けた楓は、真剣な面持ちでティアナへ視線を向ける。


「わ、分かりました! 私なんかの料理でよければ、全力でご馳走させてください!」

「本当! やったー! それじゃあ調味料とか買い足さなきゃな〜! あとは料理器具かしら? 食材は現地調達できるけど、何があった方がいいかしら〜?」


 上機嫌になったティアナを見て、ミーアは書類を完成させる。


「それではこれで、依頼の受付を完了させていただきます。ティアナさん、こちらをお渡しいたしますね」

「ありがとう、ミーア!」


 ティアナはミーアにお礼を告げると、そのまま楓へ向き直る。


「せっかくだし、少しだけお買い物に付き合ってちょうだいよ!」

「い、いいんですか?」

「もちろん! それと、美味しい料理のために必要なものがあったら教えてちょうだい! 即買いするから!」

「そ、それはダメですよ! 申し訳ないですから、あるものでしっかり作りますから!」


 楓はそう答えたものの、聞いているのか、いないのか、よく分からないままティアナは歩き出す。


「ミーアさん! ありがとうございました! いってきます!」

「お気をつけて!」


 最後に楓はミーアにお礼を告げてから、ティアナを追い掛けた。


「……カエデさんのお料理、そんなに美味しいんだ」


 楓とティアナの姿が見えなくなると、ミーアは誰にも聞こえない小さな声で、そう呟いていた。

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