第17話:群がる従魔たち

「……ふあぁぁ~。よく寝た~!」


 商業ギルドで登録を終えた楓は、その後セリシャが勧めてくれた宿に泊まっていた。

 宿の女将もセリシャの紹介ならとすぐに部屋を用意してくれ、さらに宿泊代の割引までしてくれた。

 最初こそ悪いと思って断っていた楓だったが、セリシャの顔を立てたいという女将の要望を受けて、割引を受け入れることにした。


「女将さんも従魔と契約しているみたいだし、お礼に何か従魔具を贈れたらいいな」


 勝手にそんなことを考えながら、今日も商業ギルドへ向かうために準備を始める。

 身だしなみを整えながら、ふとこの世界のことを考える。


(……私、本当に異世界に召喚されちゃったんだなぁ)


 実のところ、昨晩はベッドへ横になった時、寝て冷めたら日本の家のベッドで目を覚ますのではないかとドキドキしていた。


(……戻らなくて、よかったな)


 楓は日本に帰りたくない。この世界で生きていきたいと本気で考えている。

 そんな彼女が抱いた、目を覚ました時の安堵感は相当なものだっただろう。


「……よし! 今日も一日、頑張るぞ!」


 職場に向かうためだけに気合いを入れたわけじゃない。

 この世界で楽しく生きていくために気合いを入れたのだ。

 気持ちの違いを実感しながら、楓は部屋を出る。

 彼女の部屋は二階建ての宿の二階、そこの右奥だ。

 そこから廊下に出て一階に下りると、受付に立っていた女将が声を掛ける。


「あら! おはよう、カエデちゃん!」

「おはようございます、女将さん!」

「今日は早いのね? もしかして、商業ギルドに向かうのかい?」

「はい! 昨日来たばかりで、まだまだ分からないことの方が多いですから! 早くいって、勉強しないと!」

「頑張るのはいいけど、無理しちゃダメだよ!」


 女将にそう言われ、楓は笑いながら力こぶを作るように腕を曲げる。


「大丈夫です! これでも私、頑丈ですから!」

「だといっても、頑張り過ぎはダメだからね!」

「はーい!」


 心配されるのはいつぶりだろうと考えながら、楓は宿の出口に向かう。


「それじゃあ、いってきます!」

「はいよ! いってらっしゃい!」


 外に出た楓は、太陽の光を全身に浴びながら、ふと考える。


(……いってきます、いってらっしゃい、か。……嬉しいな)


 出かける時のやり取りも、数年は口にしていなかったんじゃないかと思いながら、楓は軽い足取りで商業ギルドへと歩き出す。

 昨日は夕日を浴びた街並みを眺めていたが、朝日の中の街並みはまた違って見える。

 家やお店の前を掃除している人や、開店準備を始めている人、朝の散歩をしている人もいる。

 散歩をしている人の中には、ペットなのか従魔なのか分からないが、生きものと一緒に歩いている人もいた。


(犬っぽいのや、猫っぽいのもいるな。ラッシュ君は完全に犬っぽかったけど、セリシャさんはフェンリルだって言ってたっけ)


 そんなことを考えていると、あっという間に商業ギルドに到着した。

 だが、商業ギルドも昨日とは雰囲気が一変していた。

 それは何故なのか――原因は明らかだった。


「ガウアッ!」

「へ? ラッシュ君に、他の従魔たちも?」


 商業ギルドの前にはラッシュだけではなく、従魔房で見かけた他の従魔も集まっていた。


「カ、カエデさん!」

「あ! セリシャ様、おはようございま――」

「逃げてちょうだい!」

「……え?」


 セリシャがそう叫んだのとほぼ同時に、ラッシュや従魔たちが一斉に駆け出した。

 向かう先はもちろん、楓のところだ。


「ええええぇぇええぇぇっ!?」


 何が起きているのか理解できず、楓は悲鳴を上げることしかできない。

 特に先頭のラッシュは従魔具で爆走しており、このまま巨体で突進されれば間違いなく死ぬか、よくて重傷だろう。


(いやああああぁぁああぁぁっ!?)


 心の中で悲鳴を上げながら目を閉じた楓。

 しかし、その身に衝撃が訪れることはなく、楓は恐る恐る目を開いていく。


「ヘッヘッヘッヘッ!」

「……と、止まってくれた、のね?」


 目と鼻の先でラッシュが舌を出しながら止まっており、その背後には他の従魔たちが並んでいる。

 その途端、楓は思わず込めていた力が一気に抜けていき、その場に座り込んでしまった。


「だ、大丈夫、カエデさん!」


 そこへセリシャが慌てて駆け寄ってくると、楓はなんとか笑みを作ったものの、その目からは涙が零れ落ちていた。


「へへ。大丈夫ですけど、ちょっと、怖かったです」

「本当にごめんなさいね」


 座り込んだ楓の頭を両腕で包み込み、抱きしめるセリシャ。

 そんなセリシャの温かさに包まれた楓は、彼女の背に手を回してギュッと力を込める。

 その時になって初めて、体が恐怖から震えていたのだと気がついた。


「……ラッシュ~?」


 すると、見えてはいないが明らかに怒っているだろうという声音で、セリシャがラッシュの名前を呼んだ。


「……ク、クゥゥン?」

「カエデさんを怖がらせたわね~? どうなるか分かっているんでしょうね~?」

「…………ァォォ」


 ラッシュの悲しそうな鳴き声を聞き、楓はハッとして体を離す。


「ま、待ってください、セリシャ様!」


 そして、すぐにそう口にしてからラッシュへ振り返る。


「ラッシュ君。何か私にお願いしたいことでもあったの? だから商業ギルドの入り口に集まっていたの?」


 楓がそう問い掛けると、彼女は優しくラッシュの体に触れた。


「……ガウゥゥン、ガゥアウン(みんなにも、作ってほしかったの)」

「作ってほしかったって、従魔具を?」

「……アウ(うん)」


 セリシャが言っていた「従魔たちから催促がきそう」という言葉が、現実になった瞬間だった。

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