第16話:王城での会話①

 ◇◆◇◆


 ――時は少しだけ遡り、王城の一室。


「行ってしまわれましたね」

「あぁ。本当に、決断力のある女性の方でした」


 ミリアの言葉に、レイスが苦笑しながら答えた。

 ここは王城にあるレイスの部屋だ。

 中にいるのはレイスと護衛騎士のミリアだけ。


「しかし、魔導スクロールの不具合でしょうか? まさか、スキル名しか出てこないとは……」


 そう口にしたのはミリアだ。

 魔導スクロールは本来、スキル名とレベル、そしてサブスキルを持っていればそちらの名前も記されるはずだった。

 しかし、楓の場合はスキル名しか記されなかった。

 サブスキルはまだ分かる。こちらは授かれる者と授かれない者がいるからだ。

 しかし、スキルレベルは違う。

 スキルを授かれば必ずスキルレベルがあり、レベルが表示されないというのはあり得ないのだ。


「いや、そんなことはないはずだよ。今回使用した魔導スクロールは、僕が作り出したものだからね」


 レイスのスキルは〈魔導具職人〉で、レベルはSだ。

 現存しているほとんどの魔導具をその手で作り出すことが可能であり、そんなレイスが作り出した魔導スクロールに不具合があろうはずがない。

 そんなレイスが楓の使用した魔導スクロールを回収し、念入りに調べたのだから、万に一つの可能性もないと判断していた。


「そうでしたか。であれば、どうして?」

「勇者召喚については、まだまだ分からないことが多いからね。その弊害なのかもしれないけど……」


 そこで言葉に詰まるレイス。

 あとから聞いた話だが、道長、鈴音、アリスは、レイスが作った魔導スクロールでスキル名、レベル、サブスキルが問題なく記されていた。

 故に、勇者召喚の弊害とも考えにくい。


「本当に大丈夫なのでしょうか、カエデ様は?」

「僕たちは信じるしかないよ。それに、ミリアの知り合いの冒険者をつけてくれたんだろう?」


 心配の声を漏らしたミリアだったが、レイスは笑みを浮かべながらそう声を掛けた。


「はい。Sランク冒険者のティアナにお願いいたしました」


 ティアナは自身のランクを口にしなかったが、実は冒険者ギルドでの最高ランク、Sランクだった。


「それは心強いね」

「はい。従魔都市バルフェムまでですから、問題はないかと」


 既に王都を旅立っているだろう。レイスたちにできることは、楓の無事を祈ることだけ――そう思っていた。


 ――カッ!


「レイス様!」

「な、なんだ!?」


 突如として、楓が使った魔導スクロールが強烈な光を放った。

 魔導スクロールは不具合がないか調べ終わったあと、レイスの部屋に保管されていたのだ。

 レイスを守るため、光の前に立ちはだかるミリア。


「……待ってくれ、ミリア」


 しかしレイスは、光が魔導スクロールから放たれていることを確認すると、冷静にミリアへ声を掛けた。


「ですが、レイス様……」

「あの光は魔導スクロールが正常に作動した時に見られるものだ」

「魔導スクロールが? しかし、今作動するのは正常ではないかと思うのですが?」

「そうなんだけどね……まあ、待ってよ」


 レイスはもしかすると、という思いのまま光が収まるのを待った。

 そして、光が収まったのを確認すると、魔導スクロールの方へ近づいていく。


「何かあれば、すぐに魔導スクロールを斬ります」

「そうだね。何かあれば、そうしてくれ」


 ミリアは護衛騎士として、レイスを守らなければならない。

 だからこそ真剣な面持ちでそう口にしたのだが、レイスは苦笑しながら歩き出す。


「……やっぱりね」


 魔導スクロールを手にしたレイスは、そこに記された内容を見てそう呟く。


「どうかいたしましたか?」

「これを見てくれ」


 レイスから手渡された魔導スクロールに記された内容へ視線を落とすミリア。


「……え? こ、これは!?」

「どうやらカエデ様のスキルは、魔導スクロールを使用した時点ではまだ、完全に定着していなかったらしい」


 魔導スクロールを使った時点では記されていなかった、スキルレベルとサブスキル。

 それらが今になって、魔導スクロールに記されたのだ。


「で、ですが、レイス様? このスキルレベルEX、というのは?」

「レベルSより上。規格外を示すレベルが、EXなんだ」

「ということは、レイス様!!」


 まさかの事実によろめいてしまうミリア。

 一方でレイスは、この事実を兄であるアッシュに伝えるべきか否か、迷ってしまう。


(僕はカエデ様の選択を尊重したい。だけど、この結果を見せたら、きっと兄上はカエデ様を連れ戻そうとするかもしれない)


 実のところ、道長たちのスキルはどれも有用で、スキルレベルもSだったが、EXではなかった。

 楓は外れスキルの〈従魔具職人〉だが、スキルレベルがEXとなれば話は変わってくるだろう。


(母上を助けたい気持ちは僕も同じだ。だけど、勝手に召喚して、勝手に落胆して、そのうえレベルEXだと分かったから連れ戻すなんて勝手を、していいわけがない)


 そう思い至ったレイスは、グッと歯を食いしばる。


「……ミリア。僕はこのことを、兄上に黙っていようと思う」

「よろしいのですか?」

「分からない。だけど、僕たちはカエデ様の人生を大きく変えてしまった。その中で自らの選択をした彼女のこちらでの人生を、尊重したいんだ」


 覚悟を決めたレイスの言葉を受けて、ミリアは片膝を突いて首を垂れる。


「レイス様の仰せのままに」

「ありがとう、ミリア」


 楓のスキルのことは、レイスとミリアの心の中に留めることにした。

 故に、レイスは魔導スクロールを持ったまま暖炉の前へ移動すると、そのまま炎の中に放り投げた。

 燃えて灰になっていく魔導スクロールを見つめながら、レイスは考える。


(この選択を、きっと母上も認めてくださると信じます)


 こうしてレイスは、楓のスキルレベルの証拠を隠滅したのだった。

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