第6話 「帰還」
目を覚ますと見慣れた天井が広がっていた。この前まではアイドルグループのポスターが貼り付けられていた天井だけど、今は何もない。
校舎のものでもなければ、あの迷宮で見た青空でもない。
扉側へと目を向けると机が2つ並んでいる。
わたしのと
机に向かっていた高砂さんは分厚い本を開き、文字を目で追っている。ペラリペラリとめくる速度は、本当に読んでいるのかと疑いたくなるくらいに速い。
わずかに見える表紙にはアルファベットが並んでいる。意味を考えようとしたところで紙をめくる手が止まった。
くるりと椅子を回転させ、高砂さんがこっちを向く。
「おはよう」
「……おはようございます」
スマホを手に取って時刻を確認すれば、午前6時きっかり。今まさにアラームが鳴り響く。
いつ、戻ってきたんだろう。
誰がここまで運んできてくれたんだろう。
「高砂さんが?」
「はい。迷宮を出た後も眠っていたみたいでしたから。起こすのも申し訳ないですしね」
パタンと本を閉じた高砂さんがやってきて、わたしのベッドへ腰を下ろした。
見上げる彼女は、窓から差し込める朝日を受けて輝いている。
その手がわたしの肩を撫でてくる。逃れるように体を起こせば、細い指がカリカリとベッドをかいた。
目と目が合う。高砂さんは笑っていた。恥ずかしくて、わたしは目をそらす。
「なんで……」
「ペアですからねえ」
「ペアだからってここまでする必要はないと思うんだけど」
夜の校舎に一緒に忍び込む必要はないし、迷宮に進む必要だってない。
確かに、ペアは協力するように、と校則にはある。でも、なにからなにまで協力しなさいっていうわけじゃない。
いつでもどこでも協力できるわけじゃないし、したくないことだってある。
「そんなことはないと思いますが」
「……とにかく、今度から迷宮には1人で行くから」
「そんなあ。私がここまで運んだのですよ? 貴女1人だったら、夜の校舎に倒れたままで、先生たちに見つかっていたかもしれないのに」
「それは……感謝してるけど」
そうなったときのことなんて考えたくもない。大量の反省文と教師たちからの説教、それから生徒からの奇異の目を向けられる――これは今もか。
高砂さんが、ぴょんと飛び上がって近づいてくる。転がるようにわたしは逃げる。
「どうして逃げるのですか」
「何されるかわからないから」
「そんな人をサイコパスみたいに言わないでくださいよ。ただぎゅーっと抱きしめるだけではありませんか」
「それがイヤなんだってば」
わたしはベッドから立ち上がり、扉のほうへと向かう。
ふと、わたしの机に置かれている花瓶に目が行った。そこに活けられていたのはユリの花。
迷宮で高砂さんがつみとったあのユリ。
その花は血を出し切ったかのようにしおれてはおらず、ラッパのような顔をほころばせていた。中をのぞきこんでも液体は透明で赤くはなかった。
やっぱり、あの時見たものは幻覚だったんだろうか。
花瓶の横を通り過ぎようとしたときに香った匂いは、どことなく甘ったるかった。
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