神様から授かったスキルが【超絶イケメン】と【最臭屁】だった
アカミー
【超絶イケメン】と【最臭屁】
【神様シリーズ:第二弾】
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午前0時。きっかり、その時間に俺は目を覚ました。
いや、覚ましたというより、脳の芯を直接揺さぶられたような感覚。20年間生きてきて、一度も経験したことのない、あまりに唐突な覚醒だった。
「ん……なんだよ、夢か……?」
しがない大学2年生、20歳。都内の安アパートで一人暮らし。昨夜もサークルの飲み会で、コール担当として喉を酷使したばかりだ。まだアルコールが抜けきっていない頭でぼんやりと天井を見上げていると、部屋の隅に、見慣れない光が明滅していることに気づいた。
「よっ! 起きてる?」
コンビニのビニール袋みたいに半透明な、人型のナニカが、ポテチの袋を抱えながら宙に浮いていた。その姿には、どこか見覚えがあるような、ないような……いや、あるわけない。なんだこいつ。
「だ、誰だ!? ドロボー!?」
「俺? 神様。いやー、この世界のポテチはコンソメ味に限るな。天界じゃなかなか食えなくてさ」
神様? ポテチ?
俺の脳みそが、情報の奔流にショート寸前だ。
「えーと、まあ信じられないよな。とりあえず、お前にプレゼントがある」
「プレゼント……?」
「そう。お前、この前、道端のツバメの巣から落ちたヒナ、巣に戻してやっただろ?」
ああ、そういえば。酔っ払ってフラフラ歩いてた時、そんなことがあった気もする。
「あれ、俺のペット。地味にファインプレーだったぞ。ってことでご褒美だ。今後の人生が、プラスマイナス若干プラスになるスキルを授けてやる」
「プラスマイナス……若干プラス?」
「おう。世の中、いいことばっかじゃつまんねーだろ? ちょっとしたスパイスがあった方が、人生は味わい深くなるってもんよ」
神様が指を鳴らすと、目の前に巨大なルーレットとダーツが出現した。
「まず、プラススキルな。このルーレットを回すからダーツを投げろ」
神様が勢いよくルーレットを回す。言われるがままに、俺はダーツを投げた。
――プスッ!
ルーレットの回転が収まっていく。ダーツは、見事「超絶イケメン」と書かれたマスに突き刺さっていた。
「おお! 当たりじゃん! お前の顔面、仕草、スタイル、その全てが周囲の人間から最高にカッコよく見えるようになるスキルだ。おめでとう!」
マジかよ! 人生勝ち確じゃん!
俺の口角が、耳まで裂けんばかりに吊り上がる。
「じゃ、次、マイナススキルな」
「え、いるのそれ!?」
「言ったろ、スパイスだって」
再びダーツを握らされる。嫌な予感しかしない。新しいルーレットが現れて神様が回してくれる。しぶしぶダーツを投げる。
ダーツの先には、「最臭屁」という、字面だけで嫌な予感がするマス。
「あー……これはまた、極端なのが当たったな。お前のオナラが、生物兵器レベルで臭くなるスキルだ」
「はああああああ!?」
「まあ、差し引きすりゃ若干プラスだろ。イケメンだし。じゃ、そういうことで! 健闘を祈る!」
神様はポテチの最後の一枚を口に放り込むと、フッと消えた。
後に残されたのは、静まり返った部屋と、絶望に打ちひしがれる俺だけだった。
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翌朝。俺は恐る恐る鏡を覗き込んだ。
そこにいたのは、俺ではなかった。いや、俺の顔自体は変わっていないのだが、なんとも言えない魅力が漂っている。ただ寝起きで髪がボサボサなだけなのに、無造作すら色気を漂わせている。瞳には憂いが宿り、唇は僅かに微笑んでいるように見える。鼻のてっぺんにできたニキビですら輝いている。
毎日見ていた自分の顔面に見惚れそうになってしまった。違和感が凄い。
「……誰だ、このイケメン」
昨日までのカスカスの声が、低く甘いバリトンボイスに聞こえる。
これが「超絶イケメン」スキル……やばい。
大学へ向かう道中、世界は一変していた。すれ違う女性という女性が、頬を赤らめて俺を振り返る。カフェの窓際の席に座っていたOLが、コーヒーカップを持ったまま固まっている。俺はただ歩いているだけなのに、まるで世界が俺のために用意されたランウェイのようだ。
気分は最高潮。俺は意気揚々と、大講義室の扉を開けた。
その瞬間、俺の腹部に、小さな異変が訪れた。
(……ん? やばい、出そうだ)
昨日の飲み会で食ったニンニクまみれの唐揚げが、腸内で不穏なガスを生成している。まあ、いつものことだ。すかしっ屁の一つでもかましてやればいい。
――プスッ……
音は、ほとんどしなかった。
だが、それが全ての始まりだった。
俺の周囲半径3メートルに座っていた学生たちが、一斉に鼻を抑え、顔をしかめた。
「……なんか臭くね?」
「うわっ、ドブみたいな臭い!」
「え、何。変な物持ってきた?」
異臭は、瞬く間に講義室全体に拡散した。それはもはや、ただのオナラの臭いではなかった。腐った卵と、真夏のゴミ捨て場と、ドブ川のヘドロを凝縮して煮詰めたような、悪魔的な悪臭。
学生たちはパニックに陥り、阿鼻叫喚の地獄絵図と化した。咳き込む者、嗚咽を漏らす者、窓際に殺到して新鮮な空気を求める者。教壇で準備をしていた老教授は「こ、これは……危険なガスが発生している模様! 全員避難!」と叫び、その日の講義は中止になった。
俺は、自分の尻から放たれた生物兵器の威力に震えながら、一人、青ざめていた。
超絶イケメンになった俺の大学生活は、輝かしいスタートを切るどころか、バイオハザードの発生源として幕を開けたのだった。
危うく大学で「歩く公害」のレッテルを貼られかけた俺だが、金はない。バイトを辞めたばかりであった。
どうせなら、このイケメンスキルを最大限に活かせる場所がいい。俺は、表参道にあるオシャレなカフェの求人に応募した。
面接官の女性店長は、俺の顔を見るなり「採用!」と即決した。時給も、なぜか求人票より200円高かった。イケメン、恐るべし。
働き始めると、効果はてきめんだった。
俺がシフトに入る日は、女性客が殺到し、店の売上は過去最高を記録した。俺目当ての客たちは「彼が淹れてくれたコーヒー」というだけで、800円のブレンドコーヒーに3000円くらいの価値を見出しているようだった。
「あの、いつも見てます! よかったら……」と連絡先を渡されるのは日常茶飯事。同僚の女の子たちも、やたらと俺に話しかけてくる。まさに天国。
だが、光が強ければ、影もまた濃くなる。
この圧倒的なイケメンパワーは、女性だけでなく、一部の男性をも狂わせた。
満員電車に乗れば、不自然に体を密着させてくる男。最初はただの混雑かと思ったが、その執拗なまでの距離感と熱っぽい視線に、俺は気づいてしまった。痴漢だ。しかも男の。
そんなとき、俺は静かに必殺のサイレントテロを敢行した。数秒後、男は「うぐっ…!」と呻き声を上げ、顔面蒼白になって次の駅で逃げるように降りていった。まあ、他の乗客も降りてしまうのだが。
バイト先にも、新たな脅威が現れた。
業界では有名なデザイナーだという、見るからに裕福そうな初老の男性客。彼は俺を見るなり、瞳をギラリと輝かせ、それから毎日店に通うようになった。そして、俺にだけ聞こえるような声で囁くのだ。
「君は美しい。僕のミューズになってくれないか」「今夜、君の時間を買いたい。値段は君が決めなさい」
断っても、柳に風と受け流される。店長も、太客である彼には強く言えない。俺は、女性たちの熱視線とは質の違う、ねっとりとした視線に辟易し、度々バックヤードに逃げ込んだ。
そんな中、特に俺に好意を寄せてくれたのが、同僚の佐藤さんだった。彼女は俺の奇行――腹痛を理由に突然トイレに駆け込んだり、窓際で遠い目(ガスの発生を警戒しているだけ)をしたり――を「ミステリアスで素敵」とポジティブに捉えてくれる、天使のような子だった。俺たちは自然と付き合うことになった。
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佐藤さんとの交際は順調だった。俺は己の腸内環境を完璧にコントロールし、デート中は常にガスの発生を警戒。危険を察知すれば「ちょっと運命の足音を探しに」などと意味不明なことを言ってトイレに駆け込む生活を続けた。彼女はそんな俺を「詩人みたい」と笑ってくれた。
そして、付き合って一年が経った頃、俺たちは同棲を始めた。
それが、地獄の始まりだった。
二人きりの密室。24時間続く共同生活。それは、俺の秘密を隠し通せる限界点を、遥かに超えていた。
同棲初日の夜。新しい部屋で、二人で寄り添って眠りについた。幸せの絶頂だった。
翌朝、俺は佐藤さんの悲鳴で目を覚ました。
「きゃあああ! な、何この臭い!? ガス漏れ!?」
俺が寝ている間に放った無意識の一撃が、部屋を汚染していたのだ。俺は「ご、ごめん、俺、体質で……」と白状するしかなかった。
彼女は俺の顔を見て、「……そ、そっか。大変なんだね」と許してくれた。この世の終わりみたいな顔をしながら。
それからというもの、俺たちの生活は「臭い」との戦いになった。
真冬でも窓は全開。空気清浄機は常にフルパワー。アロマディフューザーは業務用レベルのものを導入した。彼女は俺の健康を気遣って、食物繊維豊富な手料理を振る舞ってくれたが、それが逆にガスの生産量を増やす結果となり、事態は悪化の一途をたどった。
ある日、彼女の友人が遊びに来た。俺は最大限の警戒をしていたが、お酒を飲み、ふと気を緩めてしまった。俺が放ったサイレントテロに、友人は「ご、ごめん、急用思い出した…」と青い顔で逃げ帰っていった。
決定打は、彼女の誕生日の夜だった。
俺が腕によりをかけてディナーを準備し、最高の雰囲気でプレゼントを渡した。佐藤さんは喜び、俺に抱き着いてきた。その不意打ちに力が入り、俺の腹は最悪のタイミングで祝砲をあげた。
食卓に広がる地獄の臭気。彼女は、泣きながら言った。
「もう……無理だよ……。あなたのことは大好きなの。でも、息ができない……!」
俺たちは、別れた。
荷物をまとめて出ていく彼女の背中を見送りながら、俺は悟った。
この呪いを抱えたままでは、誰かと共に生きていくことなど不可能だ。結婚なんて、夢のまた夢。俺は、この超絶イケメンという最強の矛と、最臭屁という最悪の足手まといを抱えて、一人で生きていくしかないのだ。
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時は流れ、俺は大学4年生になった。就職活動の時期だ。
イケメンスキルのおかげで、エントリーシートはほぼ通り、一次面接、二次面接も、面接官がうっとりしている間に終わった。
問題は、最終面接だ。
俺が第一志望とする大手広告代理店の最終面接は、役員4人と学生4人がそれぞれ準備してきたお題を発表するプレゼンテーションだった。
絶対に、屁はこけない。
俺は前日から食事を抜き、下剤を飲んで腸内を空にし、万全の態勢で面接に臨んだ。
役員たちがズラリと並ぶ、重厚な雰囲気の会議室。俺のルックスは、ここでも好意的に働いているようだった。
役員の一人はやけに熱量の入った目線で俺の尻を見ているが。
俺のプレゼンの番が来た。練習の成果もあり、序盤は完璧だった。
だが、プレゼンが佳境に差し掛かった、その時だった。
極度の緊張からか、空っぽのはずの俺の腹が、ぐぎゅるるる、と最悪の音を立てた。
嘘だろ……!? このタイミングで!?
冷や汗が背中を伝う。顔は笑っているが、内心はパニックだ。
どうする? ここで放てば、俺の社会人生活は始まる前に終わる。
かといって、我慢できるレベルの代物ではない。これは、ダムの決壊を指一本で止めようとするような、無謀な試みだ。
絶体絶命。
その時、俺の脳裏に、ある考えが閃いた。
――呪いは、使い方次第で武器になる。
俺は覚悟を決めた。攻めるしかない。
俺は、プレゼンの流れを少し変え、立ち上がってホワイトボードへ向かった。
「この戦略の有効性を、こちらの図を用いてご説明します」
役員たちの視線が、俺の背中とホワイトボードに集中する。
そして、俺がグラフを書き始めた、その瞬間。
俺は、全神経を肛門に集中させ、芸術的なまでに無音の「一撃」を放った。
――フスッ……
音はない。だが、臭いはある。
俺は、ホワイトボードに向かったまま、必死にプレゼンを続けた。背後で何が起きているか、考えないようにした。
プレゼンを終え、俺が席に戻ると、会議室の空気は一変していた。
役員たちは全員、ハンカチで鼻と口を覆っている。他の学生は、顔面蒼白で机に突っ伏していた。
「……き、君、素晴らしい着眼点だ。そ、その……今日の面接は、こ、これで終わる……」
筆頭役員が、涙目でそう告げた。
俺は、爽やかな笑顔で「ありがとうございました!」と一礼し、崩壊した会議室を後にした。
終わった。全てが終わった。
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一週間後。
俺の元に、一通の封筒が届いた。
第一志望の広告代理店からの、内定通知書だった。
同封されていた手紙には、こう書かれていた。
「最終面接における君の冷静沈着なプレゼンテーション能力を高く評価しました。未曾有の危機的状況(原因不明の異臭騒ぎ)の中、ただ一人、顔色一つ変えずに自説を述べ続けた君の胆力は、必ずや我が社で活かされることでしょう」
俺は、天を仰いだ。
どうやら俺は、生物兵器を放ったテロリストではなく、危機的状況に動じない大物新人として評価されたらしい。この時、俺は確信した。このスキルは、使い方次第で最強の武器になると。
社会人になってからの俺は、ある種の境地に達していた。
相変わらず、俺のルックスは最強の武器だった。クライアントとの商談は、ほぼ顔パス。女性社員からのアプローチも絶えない。
そして、「最臭屁」は、もはや俺にとって呪いではなかった。
「おい、新人! この企画書、なってねえぞ! 今日中にやり直せ!」
嫌味な上司が、俺のデスクでネチネチと説教を始めた時。俺は、静かに一撃を放つ。
数秒後、上司は「うっ……! な、なんか、気分が悪くなってきた……。続きは明日にする……」と、青い顔で逃げていく。
長引きそうな会議では、議題が本筋から逸れ始めた瞬間に、室内の空気を物理的に入れ替えてやる。すると、皆「早く終わらせよう」という雰囲気になるのだ。
難航するクライアントとの交渉。相手が無理難題を吹っかけてきたら、俺は静かにガスを放ち、場の空気を支配する。息苦しさから早く解放されたい相手は、こちらの要求をすんなりと呑んでくれる。俺は「空気を変える男」として、社内で一目置かれる存在になった。
俺は、超絶イケメンの仮面を被り、その下に生物兵器を隠し持って、今日も社会という戦場を生き抜いている。
神様が言っていた「プラスマイナス若干プラスの人生」。
確かに、結婚は諦めた。だが、退屈はしない。
むしろ、この理不尽でアンバランスな人生が、俺は結構、気に入っていた。
会うたびケツを触ってくる役員には困ったものだが。
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ご覧いただきありがとうございました。
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