第38話 石高改革と将軍のおこづかい

幕政改革の一環として、過去の帳簿を調べていた吉宗は、ある不自然さに気づいた。


(……なにこれ。同じ役職なのに、身分によって支給額が違うじゃない)


(役料って“その役職についていること”への手当でしょう? どうして家柄で差があるのよ)


(絶対にみんな陰で文句を言ってるわよ、これ!)


吉宗は帳簿から顔を上げると、老中と勘定奉行を呼び出すよう久通に命じた。


まもなく、老中・水野忠之と、勘定奉行・荻原重秀が控えの間にそろう。


吉宗の前に進み出ると、二人は揃って頭を下げる。


「お呼びにより、参上仕りました」

「何か、財政に動きがございますか?」


吉宗は手元の帳簿に目を落としたまま、しばし沈黙していたが、やがて顔を上げると、淡々と口を開いた。


「――役料についてだ」


二人が一瞬、顔を見合わせる。


「過去の帳簿を見た。どうして同じ役職で、年ごとや人ごとに支給額が異なるのだ? 身分によって差があるのは、もはや“役料”の名に値せぬ」


荻原が、少し困ったように答える。


「御上……これまでは、役料に明確な基準はございませんでした。家格や縁故が影響していたことは否めませぬ」


「だから不満も出るのだ」


吉宗はばさりと帳簿を閉じた。


「役料とは、“その役職についていること”への手当のはず。であれば、基準を定め、石高などに応じて一律に支給すべきであろう」


水野忠之が静かに頷いた。


「仰る通りにございます、上様。制度の見直しは急務。老中として、方向性をまとめましょう」


吉宗はうなずき、荻原に視線を移す。


「勘定奉行、予算にどれほど影響するか試算せよ。石高に応じた標準額で統一する案を出してくれ」


「はっ、承知いたしました」


忠之も静かに口を開く。


「この改革が実現すれば、幕臣たちの不満は減り、士気も上がりましょう。まさに善政の第一歩にございます」


「ならば、すぐに動こう」


吉宗は立ち上がり、背筋を伸ばした。


一通りの指示を出し終えた後、吉宗はふと、机の端に積まれた帳簿に目をやった。


(そういえば……老中って役料ないのよね。でもまあ、大名としてかなりの石高をもらってるんだから、その中から出てるのか)


(じゃあ、私――)


(私って、何ももらってないんじゃ……?)


(……え?)


(……ええっ!? わたし、まさかの――ただ働き⁉︎)


(徳川の本家って、たしか400万石の大大名よね……)

(超がつくほどのお金持ちってことでしょ?なのに――なのに!)


「どうして私のお小遣いはゼロなのよ!? これじゃお忍びで城下に出ても、団子の一本も買えないじゃない!」


吉宗は机をばんっと叩いた。


「これは一大事よ!

何か副業をして、私財を蓄えないと……

せっかくお忍びで町に出ても、買い食いすらできないじゃない!」


吉宗は新たな決意を胸に、密かに“収入確保”への道を模索しはじめた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る