第37話 年貢、毎年バラバラじゃ困ります!

帳簿に目を落としながら、吉宗は深くため息をついた。


(毎年、収入がまちまちね……)

(これじゃ予算が組みにくいったらありゃしない)


筆を置き、側に控える久通に声をかけた。


「久通、老中二人――忠之と乗邑を呼べ」


「はっ、かしこまりました」


やがて二人が静かに部屋へと現れる。


「上様、お呼びとのことで参上つかまつりました」


吉宗は帳簿をぱたんと閉じて、顔を上げた。


「こうも収入が年ごとに変わっては、施策も継続できぬ。収入を安定させる良き策はないか。予算を組むにも、基盤が揺らいでは話にならぬ」


「それならば、定免法を取り入れてはいかがでしょう」


吉宗が眉をひそめると、乗邑が補足した。


「定免法とは、田畑ごとに年貢率をあらかじめ定めておき、それを毎年一定で納めさせる方式にございます。豊作であろうと凶作であろうと、納める量は変わりませぬ」


水野忠之も続けた。


「従来の検見法では、毎年実地に収穫を調べて年貢を決めておりましたが、その分、収入が天候や災害に左右されやすうございます」


「定免法であれば、収入は安定し、予算も立てやすくなりまする。長期的な施策にも取り組みやすくなるかと」


吉宗はしばし考え、うなずいた。


吉宗は腕を組み、思案げに言った。


「しかし……定免では凶作の年にも一定の年貢を課すことになる。民の暮らしが立たぬのではないか」


すると乗邑が一歩進み出て口を開いた。


「それでは、凶作の際には“破免はめん”とされてはいかがでしょう。年貢の一部、あるいは全部を免除する措置にございます」


吉宗はうなずきつつ問う。


「ふむ、破免の割合はどうする? 一律では不公平かもしれぬ」


忠之が続けた。


「はい。一律の破免率ではなく、状況に応じて臨機応変に対処するのがよろしいかと。凶作と一口に申しても、少しは収穫がある年もあれば、まったく実らぬ年もございますゆえ」


吉宗はしばらく黙し、帳簿を見下ろした。


「……よし、それで行こう。定免法を取り入れ、破免はその都度判断とする。民の暮らしを顧みつつ、幕政の柱を立てねばな」


吉宗は静かに頷くと、机の上に手をついた。


「忠之、乗邑。定免法の実施に向け、早急に準備を進めよ。各地の収穫量と地力を洗い出し、地域ごとの適正な免率を定めるのだ」


「はっ、かしこまりました」


二人が深々と頭を下げる。


吉宗は帳簿を再び手に取り、その数字の列に目を落とした。


(ようやく一歩……されど、この一歩が、大きな礎となる)


心のうちでそうつぶやきながら、筆を執る。


――こうして、幕府財政の安定に向けた地ならしは、着実に進められていったのである。

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