第36話 機械仕掛けの感謝と、巨獣の揺りかご
鐘楼に静寂が戻り、アキラは、三つ目の神器『時を歪める砂時計』を、そっとその手に取った。
ガラスの中で、星屑のように輝く砂が、ゆっくりと流れている。それは、まるで、捕まえられた「時間」そのもののように見えた。
「…やったな、アキラ!」
「ええ。これで、三つ目…」
疲労困憊の三人が、安堵の息をついた、その時だった。
「うわっ!」
タカシが、よろけて、壁際にあった、時計塔の精密な歯車部品にぶつかってしまう。ガシャン!と嫌な音を立てて、いくつかの部品が床に落ち、砕け散った。
「あっちゃー…やっちまった…」
タカシが、青い顔で頭をかく。
「あなたって子は、本当に…!」
ヒトミが、呆れて説教を始めようとした瞬間、アキラが、動いた。
彼は、まるで、カードゲームで、とっておきのカードを切るかのように、砂時計を、くいっと逆さまにした。
「――『リターン・ワン』!」
アキラがそう唱えると、世界から、ふっと、色が消えた。
そして、三人の周りだけが、奇妙な逆再生の世界に包まれる。砕け散った歯車の破片が、床から飛び上がり、元の形へと組み合わさっていく。よろけていたタカシの体は、滑るように、元の位置へと戻った。
数秒後、世界に、再び色が戻った。
目の前には、壊れる前の、完璧な歯車部品が、静かに鎮座している。
「…へ?」
タカシは、何が起こったのか分からず、自分の手と、壊れていない部品を、交互に見比べている。
「…時間を、巻き戻したの…?」ヒトミが、信じられないという顔でつぶやく。
「ああ」アキラは、興奮を隠せない様子で言った。「ほんの数秒だけだけどな。これは、とんでもないカードだぜ。『一度だけ、失敗をやり直せる』、究極の戦略兵器だ!」
その、あまりにゲーム的で、強力な力に、三人は、改めて、神器の恐ろしさと、その可能性を、実感していた。
時計塔を降りると、そこには、白衣を着た、街の技師長を名乗る、冷静な目をした男が、数人の部下と共に待っていた。
祝賀の言葉も、感謝のパレードもない。
技師長は、手にした情報端末をいじりながら、淡々と、アキラたちに告げた。
「…分析完了。君たちの行動により、我が街のシステム崩壊の可能性は、98.7%回避された。非論理的(アンロジカル)な戦術だったが、結果は、極めて合理的(ロジカル)だ。我々は、君たちに、論理的な『貸し』ができた」
「…はあ」
タカシは、あまりに感情のこもっていない感謝の言葉に、拍子抜けした顔をしている。
「礼はいらない。だが、我々は、受けた恩義は、必ず、合理的に返済する主義でね」
技師長は、そう言うと、三人の装備を、最新の技術で修復・強化することを提案した。
ヒトミの魔法の杖には、魔力の増幅率を高める、精密な歯車が組み込まれた。
タカシの鎧や手甲は、蒸気の力を応用した、軽量かつ、頑丈な合金に打ち直された。
それは、宴や、金貨よりも、彼らにとって、何よりもありがたい、実利的な報酬だった。
装備の強化を待つ間、アキラは、コンパスを起動した。
三つ目の神器を手に入れたことで、光の針は、また、新たな方角を指し示している。
ヒトミが、技師長が持つ、最新の世界地図と、その方角を照らし合わせた。
「…この先は…! 未踏の大陸…。古代の地図に、『巨獣の揺りかGODZILLA』と記されている場所だわ」
「『巨獣の揺りかご』?」
「ええ。文明の手が一切及んでいない、神話の時代の生き物が、そのままの姿で闊歩している、原始の大陸よ」
それを聞いた技師長が、興味深そうに、データを検索し始めた。
「…該当エリアのデータ、発見。我が街の長距離観測機からの情報だ。極めて高い、生命エネルギーと、未解析の魔力パターンを観測。標準的な探検隊の、生存帰還率は、0.1%以下と算出される。非論理的だ」
その絶望的なデータに、タカシの目は、逆に、ギラギラと輝いていた。
「巨獣! いいじゃねえか! 今度は、思いっきり、暴れられそうだぜ!」
やがて、準備は整った。
技師長たちは、彼らのために、最新鋭の、蒸気機関で動く、高速船を用意してくれた。
「礼を言うぜ、技師長さん」
「…礼は、不要だ。我々は、論理的な貸し借りを、清算したに過ぎない。…ただし」
技師長は、最後に、アキラの目を、じっと見た。
「…君たちの戦い方は、我々の論理を超えている。その『非論理』が、神の『論理』を、打ち破ることを、期待している。健闘を祈る」
それは、機械仕掛けの街の住人が見せた、最大限の、人間的なエールだった。
高速船に乗り込み、整然とした、美しい、機械の街を後にする。
アキラは、手元にある、三つの神器を、改めて、見つめた。
真実を見抜く、盾。
心を繋ぐ、角笛。
失敗を覆す、砂時計。
防御、補助、そして、戦略。彼のデッキは、ますます、多様で、予測不能なものになっていた。
「巨大モンスターがうじゃうじゃいるジャングル、か。こりゃ、今までのステージとは、ルールが全く違いそうだな」
アキラは、まだ見ぬ、原始の大陸を思い浮かべ、不敵に笑った。
「――面白い。どんな盤面が、オレたちを待ってるか、楽しみじゃないか」
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