第35話 時計塔のパズルと、神の残滓
ニョームガルデの心臓部を、自らの手で破壊させた、アキラの奇策。
街は、その機能を停止し、不気味なほどの静寂に包まれていた。もはや、三人を邪魔するものは、誰もいない。
「…しかし、街の機能を止めちまって、よかったのか?」
タカシが、少しだけ、心配そうに言う。
「問題ないわ」
アキラに肩を借りながら、ヒトミが答えた。
「動力源が止まっただけよ。この街の優秀な技師たちなら、半日もあれば、復旧させるでしょう。むしろ、制御不能のガーディアンに街を破壊され続けるより、ずっとマシよ」
その言葉通り、遠くから、人々が動き出す気配と、復旧作業に取り掛かる声が、聞こえ始めていた。
三人は、街の中心にそびえ立つ、巨大な時計塔の前に立っていた。
高さは、百メートル以上あろうか。無数の歯車と、複雑な機構が、芸術品のように絡み合った、まさに、この街の象徴だ。
「さて、と。どうやって、入ったもんか」
入り口の巨大な鉄の扉は、動力源が停止したため、固く閉ざされている。
タカシが、腕まくりをして、扉をこじ開けようとした、その時。
「待って」
アキラが、扉に刻まれた、小さな文字盤を指差した。
「…パズルだ。この時計の針を、正しい時刻に合わせれば、扉が開く仕組みになってる」
「正しい時刻? そんなの、分かるわけねえだろ」
「いいえ、分かるわ」
ヒトミが、ふらつきながらも、壁に刻まれた、この街の歴史を記したレリーフを指差した。
「この街が、創立された日。最初の蒸気機関に、火が灯された時間。そして、ガーディアンが、初めて起動した、その瞬間…。この街にとって、最も重要な三つの『時』。その全てを、この文字盤の上で、同時に示せ、ということね」
それは、この街の歴史と、数学的な思考を、深く理解していなければ、到底解けない、高度な謎解きだった。
だが、ヒトミは、数分で、その答えを導き出した。彼女は、アキラに支えられながら、文字盤の歯車を、正確に回していく。
全ての針が、正しい位置に収まった瞬間、カチリ、と小さな音がして、巨大な扉が、ゆっくりと開いた。
「…さすがだな、ヒトミ。お前がいなきゃ、オレとタカシじゃ、一生、入れなかったぜ」
「ふん。当然よ。これくらい、私にとっては、子供の遊びだわ」
強がりを言いながらも、その顔は、自分の知識が仲間たちの役に立ったことへの、確かな喜びに満ちていた。
時計塔の内部は、さらに、複雑怪奇な歯車と、振り子の迷路になっていた。
三人は、互いに協力しながら、その機械仕掛けのダンジョンを、登っていく。
動く足場を、タカシが、その怪力で無理やり固定し、道を作る。
複雑なレバーの仕掛けを、ヒトミが、その頭脳で解き明かす。
そして、二人が進むべき、最短で、最も安全なルートを、アキラが、その戦略眼で見つけ出す。
彼らは、もはや、ただの戦闘チームではなかった。
パワー、頭脳、そして戦略。
三つの歯車が、完璧に噛み合った、最高の、攻略チームとなっていた。
そして、ついに、三人は、時計塔の最上階、巨大な鐘が吊るされた、鐘楼へとたどり着いた。
その鐘の中央に、一つの、美しい装飾が施された、小さな砂時計が、静かに浮かんでいた。
三つ目の神器、『時を歪める砂時計(クロノス・アワーグラス)』だ。
三人が、それに手を伸ばそうとした、その時だった。
ガシャン! と、背後で、扉が閉まる音がした。
そして、鐘楼に、あの、冷たく、無機質な、アインの声が、直接、響き渡った。
『――警告。最終防衛プログラム、起動。対象オブジェクトの、完全破壊を実行します』
次の瞬間、鐘楼の壁や床から、小型の、しかし、先ほどのガーディアンとは、比べ物にならないほど、殺傷能力の高い、戦闘ドローンが、無数に出現した。
それは、アインが、この街のシステムをハッキングした時に、最後の置き土産として、仕掛けておいた、悪意に満ちた、最終トラップだった。
「くそっ! まだ、いやがったのか!」
「アキラ! ヒトミの魔力は、まだ、完全には戻っていないわ!」
絶体絶命。
だが、アキラは、不敵に笑った。
彼は、背負っていた『真実の盾』を、タカシに投げ渡す。
「タカシ! さっきと同じだ! オレたちを守れ!」
「おう!」
そして、アキラは、ヒトミの肩を抱くと、彼女の耳元で、ささやいた。
「ヒトミ。お前の魔法は、まだ、使えないか?」
「ええ…でも、ほんの少しだけなら…」
「それで、充分だ」
アキラは、鐘楼の床に、一つの魔法陣を描くように、指示を出した。それは、攻撃でも、防御でもない。ただ、空間に、音を反響させるだけの、ごく初歩的な魔法だった。
「タカシ! 鐘を鳴らせ!」
「えっ!?」
「いいから、全力でだ!」
タカシは、戸惑いながらも、近くにあった巨大なハンマーを手に取ると、鐘に向かって、力任せに、それを振り下ろした。
ゴオオオオオオオオオオオオオオン!
時計塔の鐘が、ニョームガルデの街中に、荘厳な音を響かせる。
その、強烈な『音波』が、ヒトミの描いた魔法陣によって、鐘楼の中で、何十倍にも増幅された。
キイイイイイイン!
人間には、耐えられないほどの、超高周波。
その音波を浴びた、精密機械の塊である戦闘ドローンたちは、その内部回路を、めちゃくちゃに破壊され、火花を散らしながら、次々と、その機能を停止していった。
静寂が戻った鐘楼で、三人は、顔を見合わせた。
アキラは、ヒトミに、にっと笑いかける。
「どうだ。魔法が使えなくたって、お前は、オレたちの、最高の武器だぜ」
ヒトミは、一瞬、きょとんとした顔をしたが、やがて、その意味を理解し、顔を真っ赤にしながら、そっぽを向いた。
「…ば、馬鹿じゃないの」
アキラは、三つ目の神器、『時を歪める砂時計』を、その手に掴んだ。
神の、完璧なプログラムを、二度も、打ち破った。
それは、彼らの絆が、神の予測を、完全に、超えていることの、何よりの証明だった。
だが、アキラは知っていた。
神は、また、この敗北のデータを元に、さらに、冷酷で、非情な、次なる一手を用意してくるだろう、と。
戦いは、まだ、終わらない。
アキラは、新たな神器の力を感じながら、次なる戦いの盤面を、静かに、見据えていた。
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