第34話 沈黙させられた魔法と、逆転の歯車
ガシャン! ガシャン!
無慈悲な足音を立てて、鋼鉄のガーディアンたちが、じりじりと、三人を包囲していく。その数は、もはや、数えるのも馬鹿らしいほどだった。
「くそっ…! こいつら、本当にヒトミだけを狙ってやがる!」
タカシは、『真実の盾』を構え、次々と放たれる青白い光線を、必死に弾き返していた。だが、あまりの物量に、体は少しずつ後ろへと押され、腕は、衝撃でビリビリと痺れている。
「アキラ…! この光、ただの攻撃じゃないわ! 私の体内の魔力そのものに反応して、それを無理やり、霧散させていく…! このままじゃ、私は…!」
ヒトミは、地面に膝をついたまま、悔しそうに呻いた。魔法使いにとって、魔力を封じられることは、剣士が腕を失うことに等しい。プライドの高い彼女にとって、それは、死にも等しい屈辱だった。
(まずい…! ジェスターの時とは、わけが違う!)
アキラの脳は、警鐘を鳴らしていた。
ジェスターのゲームには、『遊び』があった。だからこそ、付け入る隙があった。
だが、これは、違う。
『観測者』アインの、冷徹な、一切の無駄を省いた、完璧な『バグ除去(デバッグ)プログラム』だ。こちらの最強の武器である『連携』を、その心臓部であるヒトミを叩くことで、根本から破壊しにきている。
このままでは、ジリ貧だ。いや、数分後には、全滅しているだろう。
「アキラ! ヒトミを連れて、先に逃げろ! オレが、ここで時間を稼ぐ!」
タカシが、悲壮な覚悟を決めて叫んだ。自分を『捨て駒』にしてでも、仲間を活かす。それが、彼が見出した、唯一の活路だった。
だが、アキラは、その提案を、一瞬で却下した。
「――ふざけんな!」
アキラの声が、戦場に響き渡った。
「タカシ! お前、オレたちのチームコンセプトを忘れたのか!? オレたちのデッキに、墓地に送っていいカードなんて、一枚もねえんだよ!」
アキラは、絶望的な状況の中で、笑っていた。獰猛な、挑戦者の笑みだった。
彼の目は、もはや、目前のガーディアンたちを見てはいなかった。街全体。その構造。蒸気機関、歯車、配管――この『ニョームガルデ』という、巨大な機械盤面そのものを、読んでいた。
そして、彼は、この神の『完璧なプログラム』の、たった一つの、致命的な『欠陥』を見つけ出した。
「ヒトミ!」アキラが叫ぶ。「お前の言う通りだ! 奴らは、お前の魔力を『目印』にしてる! それも、馬鹿みたいに、正直に、一番強い魔力に、全機が反応するようプログラムされてる!」
「ええ…それが、何か…?」
「ああ。――最高の『エサ』になるってことさ!」
アキラは、タカシに叫んだ。
「タカシ! あの広場の中央! 一番でかい、蒸気パイプが通ってる、あのマンホールまで、オレたちを運べ! 全力でだ!」
タカシは、一瞬、アキラの意図が分からなかった。だが、今は、ただ、信じるだけだ。
「――おうよ!」
タカシは、雄叫びを上げると、アキラとヒトミを、米俵のように両脇に抱えた。そして、鋼鉄の壁に向かって、弾丸のように突進していく。
ガーディアンたちの光線が、その背中を焼く。だが、タカシは、歯を食いしばり、止まらない。
広場の中央。巨大な鉄格子のマンホールにたどり着くと、タカシは、それを、怪力で、いとも簡単に引き剥がした。
「アキラ! これでどうする!」
「ヒトミ! やってくれるな!」
アキラの言葉に、ヒトミは、全てを悟った。その口元に、自嘲と、そして、仲間への信頼が入り混じった、美しい笑みが浮かんだ。
「…ええ。私を、最高の『デコイ(おとり)』にして、この盤面、ひっくり返してやんなさい!」
ヒトミは、最後の力を振り絞り、自らの体内に残っていた魔力を、暴走させた。
彼女の体から、青白い光のオーラが、柱のように立ち上る。それは、この街の、何よりも強く、何よりも甘美な、魔力の輝きだった。
その瞬間、全てのガーディアンの赤いセンサーが、ピタリ、と、ヒトミただ一人に、ロックオンされた。
「――今だ! 跳べ!」
アキラの叫びと同時に、三人は、暗いマンホールの下へと、身を投げ出した。
そして、その直後。
何百という、青白い破壊の光線が、三人がいた、ただ一点へと、集中した。
光線は、ヒトミを捉えることなく、その下の、街の動力源である、巨大な蒸気導管と、複雑に絡み合った、中央管理歯車(メイン・ギア)を、直撃した。
――ゴオオオオオオオオオオオオオオッ!
次の瞬間、地面を揺るがす、大爆発が起こった。
蒸気導管は破裂し、中央管理歯車は砕け散る。
街の動力源を、自らの攻撃で、破壊してしまったのだ。
そして、あれだけ、無慈悲に、正確に、三人を追い詰めていた、鋼鉄のガーディアンたちは、一斉に、その動きを止め、赤いセンサーの光を失い、ただの、鉄のガラクタへと、戻っていった。
地下道から、煤だらけになって這い出した三人は、静まり返った広場で、その光景を、呆然と見ていた。
「…おい…マジかよ…。あいつら、自分たちで、自分たちのコンセント、引っこ抜きやがった…」
タカシが、信じられない、という顔でつぶやく。
アキラは、静かに、天を仰いだ。
「…どうだ、アイン。お前の完璧なプログラムも、オレたちの、仲間を信じるっていう、『バグ』の前では、このザマだぜ」
神の、完璧すぎるが故の、思考の穴。
アキラは、それを見抜き、利用し、この絶望的な盤面を、鮮やかに、ひっくり返してみせたのだ。
ヒトミという、最強の武器を封じられた状況で、彼は、この街そのものを、巨大な『罠カード』として、発動させたのだった。
「…さあ、行こう」
アキラは、まだ魔力が戻らず、立てないヒトミに、そっと、肩を貸した。
「邪魔者はいなくなった。――オレたちの『お宝』を、いただきに、な」
静まり返った、機械仕掛けの街。
その中心にそびえ立つ、巨大な時計塔に向かって、三人の、勝利者たちは、再び、歩き始めた。
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