第30話 道化師のゲーム盤と、最初のルール

 ジェスターが消え去った後、船の上は、パニックに陥っていた。

「おい! なんだ、この島々は!」

「海図に載ってないぞ! 完全に、閉じ込められた!」


 船乗りたちが、絶望的な声を上げる。船長は、必死に舵を取ろうとするが、どちらへ向かっても、出口のない岩礁が続いているだけだった。

 その混乱のさなか、アキラは、一人だけ、冷静だった。いや、その内面は、怒りと、そして、ある種の興奮で、燃え上がっていた。


(面白い…! 面白いじゃないか、ジェスター! お前がその気なら、オレも、プレイヤーとして、お前のゲームに、本気で付き合ってやる!)


「船長!」アキラの声が、響き渡った。「船を、あそこへ!」

 アキラが指差したのは、無数にある不気味な島々の中で、ひときわ異彩を放つ、中央の一番大きな島だった。その島は、まるで巨大なゲーム盤のように、地面が、白と黒の格子模様に舗装されていた。


「あそこが、このクソゲーの、最初のステージだ」


 三人は、再び小舟に乗り、その『ゲーム盤の島』へと上陸した。

 彼らの足が、格子模様の地面に触れた瞬間、島の中心にそびえ立つ、奇妙な、ねじれた塔のてっぺんから、スピーカーを通したような、ジェスターの陽気な声が響き渡った。


『はーい、プレイヤーの皆さん、ようこそ! ここは、『白線踏んだら、お仕置きよ!』島です! ルールは、とーっても簡単! 向こうにある、僕の塔まで、白いますを踏まずに、黒いますだけを通って、たどり着いてね! 白いますを踏んじゃったら…ドッカーン! と、楽しいことが起きるから、お楽しみに! それでは、ゲーム、スタート!』


「…ふざけやがって」


 タカシが、地面に唾を吐く。

 あまりに、子供騙しなルール。だが、神の力がかかったこのゲームが、簡単なはずがない。


「行くぞ!」


 タカシが、一番に飛び出した。黒いますから、黒いますへ、ケンケンパのように飛び移っていく。

 だが、五マスほど進んだ時だった。彼が次に飛び乗ろうとした黒いますの色が、直前で、カチリ、と白に変わった。


「うおっ!?」


 避けきれず、タカシの足が、白いますの端に触れてしまう。

 その瞬間、地面から、巨大なボクシンググローブが、バネ仕掛けで飛び出し、タカシの腹に、クリーンヒットした。


「ぐふっ!」


 タカシは、情けない声を上げると、スタート地点まで、見事に殴り飛ばされた。


「タカシ!」

「だ、大丈夫だ…。たいして、痛くはねえ…。だが、腹が立つ!」


「…なるほどね」ヒトミが、冷静に分析する。「ただのルールじゃない。マス目の色を、自在に変えてくる、妨害トラップ付き、というわけね」

「だったら…」


 ヒトミは、ふわりと、自らの体に浮遊魔法をかけた。

「空を飛んでいけば、問題ないでしょう?」

 だが、彼女が、地面から一メートルほど浮き上がった瞬間、空から、見えない壁が、彼女を地面に押し返した。


『あーっと、空を飛ぶのは、ルール違反ですよー!ズルはいけません、ズルは!』

 ジェスターの、からかうような声が響く。


「くっ…!」

 物理攻撃も、魔法による回避も、通用しない。この、ふざけきったルールの上で、戦うしかないのだ。

 アキラは、じっと、盤面を睨んでいた。マス目の色が、チカチカと、不規則に、しかし、意図的に変わっていく。


(…こいつの狙いは、オレたちを焦らせて、パニックにさせて、ミスを誘うことだ。だったら、こっちも、同じ手で返してやる)


 アキラは、『真実の盾』を構えた。そして、その鏡面に、格子模様の盤面を映す。

 盾に映った盤面は、現実とは、少しだけ違って見えた。

(…見える。ジェスターの、邪悪な魔力が込められた、本当の『罠』が、どこにあるか…)


 色の変化は、ただの目くらましだった。本当の罠は、色とは関係なく、特定のマスにだけ、仕掛けられていたのだ。


「二人とも!」アキラが叫んだ。「もう、色を見るな! オレだけを見ろ! オレが踏んだ場所と、全く同じ場所を踏むんだ!」


 アキラは、盾が示す『真実』だけを頼りに、歩き始めた。

 黒、黒、白、黒、白、白…。

 一見、無茶苦茶なルート。だが、そこは、ジェスターが仕掛けた、全ての罠を、完璧に避けた、唯一の『安全ルート』だった。


 タカシとヒトミも、アキラを信じて、一歩一歩、その足跡を、正確に辿っていく。

 やがて、三人は、一度も罠を発動させることなく、中央の塔へと、たどり着いた。


 塔の中には、何もない。ただ、その中央に、一枚の、ジョーカーの絵が描かれたカードが、ふわりと浮かんでいるだけだった。


 アキラが、そのカードに手を伸ばした、瞬間。

 カードが、まばゆい光を放ち、アキラの手に吸い込まれていった。

 すると、塔の外の空に、虹色の光の道が、するすると伸びて、群島の中の、次なる島へと、橋を架けた。


『おおっと、見事、ステージクリア! おめでとう! 君たちには、次のステージへの挑戦権を、プレゼントしよう!』


 ジェスターの、わざとらしい拍手の音が、空に響く。


「…やっぱりな」アキラは、光の橋を見上げながら、吐き捨てた。「これは、ただの、すごろくゲームなんだ」

 一マス進むための、理不尽なサイコロ。

 アキラは、手の中のジョーカーのカードを、強く握りしめた。


「上等だ、ジェスター。お前のふざけたゲーム、全部、完璧にクリアして、最後に、大笑いしてやるのは、オレたちのほうだぜ」


 神の道化師が仕掛けた、悪意に満ちたゲーム盤。

 だが、アキラたちもまた、その盤上で、新たな戦い方を、学び、進化し続けていた。

 彼らの、反撃の第一歩が、今、始まった。

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