銘米戦記

住吉スミヨシ

プロローグ

小町こまちは、羽鳴山うなりやまの稜線に立っていた。

眼下には、段々畑と寄り添うように並ぶ小さな集落。森の匂いに混じって、どこか懐かしい気配が漂っている。


「……私が、この土地の銘米神めいまいしんになるのね」


天津原あまつがはら――天に座す神々の世界から遣わされ、小町はこの地に降り立った。

彼女の務めは、土地と人と契りを結び、豊かな稲を育むこと。やがて実る米には神気が宿り、それが天津原の神々の糧となる。神々は米から得た力の一部を、加護というかたちで人々へと還元するのだ。


右手の甲には、淡く光を灯す《稲核いねかく》が脈打っていた。

小町の中には三つの核がある。

神としての魂。土地と稲を結ぶ核。

そして、人と稲をつなぐ核――それと契りを交わした人間を、<稲守いなもり>と呼ぶ。


「優しい稲守だと、いいな……」


初めての村。まだ見ぬ人々。どんな稲が育つのかも、今は知らない。

それでも、小町は一歩だけ、前を向いた。


「……うまくやれると、いいけど」


そのかすかなつぶやきは、山の風にさらわれ、空へと溶けていった。


――それから、約三百年の時が流れる。

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