戦国史に私の名前が無いのは、私がやりすぎたからですか?

池田 和人

第0話 プロローグ “鬼”と呼ばれた少女

※本作には暴力・残酷描写が含まれます。苦手な方はご注意ください。



この物語は”人間ひとの心を持つとは思えぬ少女”が、信長の荒療治のもと、家臣たちに導かれて“人”へ還っていく記録である。



岐阜城山麓の邸宅で信長は庭の残雪を見ながら酒を飲んでいた。


池田文殊いけだみことか……。見ていて飽きぬ)


そこへ池田恒興が神妙な面持ちで近づく。


「でかした、恒興。あの無法者をよくぞ捕らえた」


「……しかし、この戦国の世、女子おなごが武士の列に加わる例はござりませぬが」


「ふっ、お主そんなことでは文殊に喰われるぞ。使える者は使う。常道では天下は取れぬ」


「で、ですが大殿……我が娘ながら鬼のようなならずものを……」


「治療はある、恒興。案ずるな。あの齢であの牙よ。手を入れれば家の刃になる。必ず人に戻す――荒療治じゃ」


信長は盃をあおると、恒興に手渡した。


「では、試してみるがよい。越前へな」


「え、越前?あの荒れている越前に一人でですか?それはあまりにも……」


「それぐらいでくたばるようでは使い道は無い」


「それでは、さっそく手配を」




文殊は恒興の呼び出しにより妙心寺から岐阜へと向かっていた。



近江と岐阜の国境付近。関所の抜け道として知られるこの裏街道は、落ち武者や山賊の格好の縄張りでもあった。


そこでの文殊は、鬼の所業で山賊を四人、血祭にあげた。


閃いた刀の峰が、土壇を打つように(打ち首の要領で)命乞いをする男の後頭部を砕いた。


斬ったのではない。潰した。


文殊は血を払った刀を鞘に戻すと、


二人組の気配に目を凝らし街道脇の杉のあたりへ視線を向けた。


そこには誰もいない。一度風が枝を鳴らしただけだった。


「……まあいっか」


いつしか風は止み、鳥の声さえ遠のいていた。


恒興の待つ岐阜城へ向かいながら、今度はやけに真面目な表情で、ぶつぶつと口の中でつぶやいていた。


「織田家の末席を汚させていただくことになりました……以後、よろしくお願い申し上げます……とか言えばいいんだろ?……へへ、うまく言えたかな」


何度か練習するうちに(なんかアホくせぇ。親父も、沢彦のくそ坊主も……。別に侍になりてえって訳じゃねえのに)


その背中は、血の匂いをまといながらも、まっすぐに岐阜城へと歩を進めていった。



無法者の集う街”雄琴”。力だけが正義として育った少女の荒療治を、ここ岐阜城から始める。


戦国史に記されなかった、もう一つの物語が、いま静かに動き出す。

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