第31話 増殖するおじさん

「ここだ、この五番倉庫の中に金田は居たんだ」


 ある倉庫を指差して迂闊さんはそう言いました。大きなシャッターの閉まった一際大きな倉庫ですが、この中に金田さんがまだ居るのでしょうか?

 これから倉庫の中に侵入して戦いになるかもしれないので、その前に僕は疑問を口にしました。


「どうして港なんでしょう?金田は港に思い入れがったんでしょうか?」


 僕がそう言うと、読子さんがすぐさまに教えてくれました。


「【金の地獄】という作品に港でヤクザたちが取引するシーンがあります。おそらくここはそこを再現しているのでしょう。金田にはここが本の世界で、自分が世界を改変できることが分からないのでしょう。まだ本の世界に入って間もないですからね。だから彼を引き上げるには今がベスト、さっさと引き上げてしまいましょう」


「なるほど、ありがとうございます」


「いえ、別にお礼を言われるような事は何一つありません」


 流石は読子さんはプロのブック・ダイバー。メチャクチャ頼りになりますね。


「あーそれで港だったのか、そういうことね」


 迂闊さんは分かっていなかったらしく、両手をポンと叩いて納得した様です。この人も同じブック・ダイバーですよね?でもここで迂闊さんに何か言うと、百倍返しで何か言い返されるのが目に見えているので、僕はグッと堪えました。


「じゃあ、さっさと片づけますよ。迂闊さん、しっかり私のサポートに徹してくださいね」


「あん?テメーがアタシのサポートだろうがよ。メインアタッカーはアタシだ」


「フー、あなた一回逃げてますよね。そんな人は大人しく私を手伝ってれば良いんです」


「はぁ?逃げてません―、戦略的撤退ですー、バーカ」


「アナタの様な馬鹿に馬鹿と呼ばれるのは心外なのですが、理由を教えてもらえますか?」


「本読み過ぎて馬鹿になってんだよ、バーカ」


「本は叡智の結晶です。それを読んで馬鹿になるわけ無いでしょう、この自称小説家の妄想馬鹿」


 二人の言い合いが始まってしまいました。バカとバカの応酬なので少しレベルが低いかもしれませんが、全部は迂闊さんが悪いと思います。


”ポムッ”


 誰かが僕の肩に手を置きました。ここで言っておきたいのは迂闊さんも読子さんも僕の目の前で言い合いをしており、僕の後ろから手を置くなんて不可能なんです。

 僕は額から冷や汗を流しながら、ゆっくりと後ろを振り向きました。するとバーコード頭の小太りのおじさんが僕のことをジーッと見ていたんです。


「うわっ‼」


 僕は悲鳴を上げながら咄嗟におじさんの手をバッと払って距離を取りました。迂闊さんも読子さんもおじさんに気付いたのか口げんかをやめておじさんを見ています。


「あっ、コイツだよ金田って、バーコード頭のチビデブで、着てるのが白いTシャツにダルダルの股引、うん間違いない、コイツだわ。」


 確かに写真で見た通りの容姿のおじさんです。この人が今回の沈没者なんですね。僕は何を出来るわけでもないのに身を引き締めました。

 すると金田さんは口を尖らせてヒューヒューと口笛を吹き始めました。その口笛は決してお世辞にも上手いとは言えませんが、口笛と共にこの場所に異変が起こり始めました。ありとあらゆる場所から金田さんに似た、いや金田さんそのものが無数に現れ始めたのです。気付くと夥しい数の金田さんに僕らは囲まれており、僕は発狂寸前でした。


「おぇ、加齢臭がヤバイ。また逃げたくなってきた」


 迂闊さんが金田さんのスメハラ攻撃にグロッキー状態です。気持ちは分かりますがもう少し頑張りましょう。

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