第30話 異本の世界

 本の中に入ると懐かしい感じがしました。

 暗い闇の中、ゆっくりと下に沈んでいく感覚。自分を取り巻く人々、自分を追い込んでいく環境、先行きの見えない未来、それら全てに絶望して沈んでいく。その堕落的な、それでいて甘美な感覚、今でもその快楽に身をゆだねてしまいたくなりました。しかし今の僕は一人じゃありませんでした。

 ちゃんと手を繋いでくれている人が居るのです。読子さんは沈んでいく僕の目を見て、こう云い聞かせます。


「颯太さん、ブック・ダイバーは沈むんじゃなくて、自分の力で潜っていくのです。その事を肝に銘じておいて下さい」


「は、はい」


 そうだ本を潜る者なんだ。沈むんじゃない潜っていくんだ。まだまだ精神的に脆い僕はついつい何もせず沈んでいくことに身を委ねようとしていました。でもそれじゃダメなんですね。自分の力で潜って行かないと。

 僕は読子さんに手を引かれながら、それでも足をバタバタと動かしながら懸命に下へ下へと潜行していきました。

 


 一番下に辿り着くと、そこでは迂闊さんが頬を膨らませて仁王立ちで待っていました。


「お前ら遅いぞ、何をイチャイチャしとんねん」


 僕のせいで読子さんまで怒られてしまいましたが、これに対して読子さんはこう言い返しました。


「アナタが颯太さんの監視者なんだから、ちゃんと見て無いと駄目じゃないですか。私は片時だってあなたから目を離したことはありませんでしたよ」


 もっともな正論に迂闊さんは一度は口をつぐみましたが、やはり納得がいかなかったのかこう言い返してきました。


「ウチは放任主義なんだよ、颯太の信じてるからある程度は放っておいて良いの。誰かさんみたいにクソ真面目に四六時中一緒に居られたら息が詰まるっての」


「その誰かさんってもしかして私のことですか?仕方ありませんよね、アナタみたいなバカ娘は放っておいたら何するか分かりませんから、私は自分の為にアナタを監視していただけです」


「何だとこの野郎‼」


 二人が激しく口論(主に迂闊さんが)し始めたので、僕は周囲を確認することにしました。何処までも広がる青い海が見えて、コンクリートの地面に大きなコンテナがいくつも積まれているところを見ると、ここは何処かの港の倉庫街でしょうか?ここに金田さんて人が潜伏しているのでしょうか?何処に居るのか分からないので怖いです。


「バーカ‼バーカ‼このインテリクソ眼鏡め‼」


「あぁ、うるさいですね。良いから早く金田の場所を教えなさい。この万年ジャージ娘」


「ジャージ以外も服持ってるわ‼童貞を殺す服とかな♪」


 僕の方を見てウィンクを飛ばす迂闊さん。確かに童貞ですがここで言わなくて良くないですか?体も心も16歳なんですから童貞であって当然でしょうが。

 読子さんの前で恥をかかされて最悪の気分ですが、とにかく気は抜かずに頑張りたいと思います。

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