第7話 少年の回想 その2

 椿さんが亡くなった時、僕ら孤児は泣くに泣きました。厳しい人でしたが、みんな椿さんのことが好きだったのです。葬式の時の綺麗な亡骸を見ながら、実はまだ生きてるんじゃないか?と淡い期待を持ちましたが、火葬されて骨だけになった椿さんを見て、そんな期待は淡くも砕かれてしまいました。

 院長が亡くなって悲しんでばかりいる僕等でしたが、『笑顔の木』が無くなるという事が分かると泣いてばかりもいられなくなりました。

 今までは院長である椿さんの手腕と人脈によって何とか切り盛りできていた孤児院『笑顔の木』でしたが、その椿さんが亡くなって、一気に経営が立ち行かなくなりました。職員の皆さんは頑張ってくれましたが、結局のところ僕らの『笑顔の木』は亡くなることになり、僕は自分の居場所を無くしました。

 そうして僕ら孤児は、遠い親戚の所に行かされたり、里親に養子に出されることになりました。家族がバラバラになる事に僕は深く憤りを感じましたが、高校生の僕に出来ることなんて何一つありませんでした。

 美咲は里親が見つかり、その里親の所に行くことになり、別れの際に僕の前でわんわんと泣きました。最後ぐらい笑顔を見せてくれよ。


「ぐすっ……颯太兄さん、またすぐに会えるよね?」


 そんなことを僕に聞いてきましたが、僕は曖昧に笑って誤魔化すしか出来ませんでした。もう会える保障なんて無いし、僕の精神状態では気の利いた嘘を言う事も出来なかったのです。

 家族全員と別れた後、僕は遠い親戚の家に居候になることになりました。そこでの暮らしはハッキリ言って地獄でした。嫌々で僕を引き取った親戚の叔父さんと叔母さんは僕に辛く当たりましたし、歳が同じ息子は僕と目も合わそうとせず、結局一言も会話をすることはありませんでした。

 転校した学校でも孤児という事でいじめに遭い、机を窓から放り投げられたり、持ち物をズタズタにされたりしました。前の僕なら居場所があったので耐えれたかもしれませんが、もう僕に自分の居場所は無く、どんどんと精神を擦り減らしていきました。

 そうして限界を迎えようとした時、不思議なことが起こったのです。

 高校からの帰りの電車で椿さんから貰った【荒野に一人】という小説を読んでいる時のことです。この小説は物語の背景の説明も無く、荒野に一人歩く男の葛藤と苦難を描いた作品でした。昔の作品ながらグイグイと話に引き込まれていく魅力がありました。居場所のない僕に静かに読書が出来る場所と言えば、電車の車中ぐらいしかなく、この時間だけが小さな唯一の救いでした。

 小説を読んでいる時だけが、悲しい現実を忘れられたのです。椿さんの死、バラバラになった家族、そして居場所を無くした僕、それら全てを忘却して本の世界にのめり込んでいく。いや、のめり込むというよりも沈んでいくという方が正しかったのかもしれません。でなければ僕に起こったことに説明が出来ません。

 読んでいる最中、突然僕の手の指が【荒野に一人】の本にズブッと入る様に見えたのです。僕は辛過ぎて幻覚を見ているのだと思いましたが、何度も何度も試して全く同じことが起きて、不思議な現象にリアリティを感じざるをえませんでした。

 この時の僕は怖いというより好奇心が勝っていたと思います。ゆえに自分の身に何が起こっても、この現象を解明することに決めました。


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