第6話 少年の回想 その1
僕は物心ついた時から孤児院に居ました。だから本当のお父さんとお母さんの顔は覚えてすらいない。孤児院『笑顔の木』という場所が僕の家であり、院長の
みんな本当に良くしてくれて、とくに院長の椿さんは厳しかったけど、本当に僕たちのことをよく考えて育てていてくれました。椿さんは女性で80代のお祖母ちゃんで、白髪頭なのだけど整った顔立ちをしていて、何故かいつも修道服みたいな服を着ており、頭が良くてよく本を読んでいたのです。
そんな椿さんに憧れて、僕も本が大好きになりました。学校では孤児であるでイジメられることもあったけど『笑顔の木』という居場所があり、孤児院の皆が居てくれるから何も苦しいことが無かった。居場所があるということが僕を支えてくれていました。
そうして僕はスクスクと成長し、とうとう高校一年生になり、『笑顔の木』でも年長になった僕は、先輩たちが僕にしてくれたように後輩たちの面倒をしながら楽しく生活していました。
「ねぇ、颯太兄さんは好きな人とか居ないの?」
『笑顔の木』にて、晩御飯の片付け当番で炊事場で皿洗いをしている時に、不意に一つ下の女の子の美咲がそう聞いてきました。美咲は僕と一緒に後輩たちの面倒を見てくれる優しいサイドポニーの似合う女の子なんですけど、多感な時期なのか、この手の質問をよくしてくるのです。
「うーん、あっ、三年の高橋先輩は凄く綺麗で憧れてるよ。黒髪ロングで顔もメチャクチャ美人なんだ」
「ふーん、そうなんだ……私も髪伸ばそうかな?」
「えっ?なんで?」
「べ、別に良いでしょ‼颯太兄さんのバーカ‼」
そう言うと美咲は何処かに行ってしまった。多感な時期だから仕方ないが、なんで今僕が怒られたのだろう?謎です。
「アンタ鈍いねぇ」
リビングでソファーに座って本を読んでいた椿さんにこの話をすると、フーッと深い溜息をされてしまいました。僕の何が鈍いというのだろう。
「で、その先輩に告白はするのかい?」
「な、なんでそんな話になるんだよ‼」
「なんだいしないのかい?若いんだからドンドン前のめりにやっていきな。私が若い頃なんてモテモテでねぇ。男なんて選り取り見取りだったよ」
「そういう話はしなくていいから」
親のモテてた話とか苦痛でしかありません。
「それはそうと、この本をお前にやろう」
不意に椿さんが僕に分厚い小説を差し出してきました。それは僕が前から読みたいと思っていた『荒野に一人』という本でした。
「えっ、良いの?」
「あぁ、もうこの本は内容を暗記するぐらい読んだからね。アンタにあげるよ」
「ありがとう♪大切にするよ♪」
僕は本を貰うと小躍りしてしまいました。すると椿さんから「夜中に騒ぐな‼」と怒られてしまい、反省する羽目になりました。
「全くもう、普段は大人しい癖に、本のことになると我を忘れるんだから」
「す、すいません」
すると突然、椿さんが真面目な顔をして僕にこう言うのです。
「いいかい颯太、本は読むものだ。それ以下でもそれ以上でも無い。くれぐれも本に入れ込んだらいけないよ」
僕は椿さんが何を言っているのかは分かりませんでしたが、とりあえず「うん、分かった」と言っておきました。
「そうかいそうかい、じゃあその本を大切にしておくれよ」
そう言って椿さんは珍しくニコッと笑いました。いつも仏頂面なのに笑うなんて珍しい。まさか、それが椿さんの最後に見る笑顔になるとは思いもしませんでした。
僕に『荒野に一人』渡した三日後、椿さんは眠る様に息を引き取ったのです。
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