第三話 新たな夜明け
陽光がギロチンの刃を冷たく輝かせる。銀の凶刃が、第一王女リュシアの若き命を奪い取ろうと、地へと下ろされる――その寸前、
――ドォン!
爆音が響き渡った。空が割れたかのような轟音に、空気が震え、石畳が揺れた。そして、王宮の塔から立ち昇る黒煙。薄明に赤く染まるその様子は、まるで忌まわしき過去を焼き払う狼煙のよう。
「な、何事だ!?」
「爆発……?」
「まさか、まさか――敵襲!」
広場がざわめいた。衛兵が慌てて周囲に目を配る。
そこで、リュシアは、深く息を吸い、叫んだ。
「私たちの王国を取り戻す戦いの始まりよ!」
風が吹き、白金の髪が舞う。
そのリュシアの叫びに呼応して、民衆の中から響き渡る、
「白き薔薇に続け――!」
王国の革命、その火蓋が、今、切って落とされた。
広場にも白煙が舞う。
それに合わせて騎士の一団が乱入する。
「姫! リュシア姫!!」
叫びながら衛兵を倒し、ギロチン台へと駆けたのは、アデル・クレイン。王家親衛隊の隊長であったが、宰相の姦計で左遷された優秀な騎士だ。
「リュシア姫、お立ちください」
リュシアの枷を外し、手を差し伸べる。
「ありがとう、アデル。――どうやら、作戦はうまくいったようね」
「はい。王宮の警備は、姫の思惑通り、手薄のようです。程なく、制圧できるでしょう。王妃とセリーヌ姫の身柄の確保も問題ないものと思われます」
リュシアは自らの処刑を餌に、宰相一派に油断を生じさせたのだった。
国政の腐敗――それはもうどうにもならないところまで来ていた。リュシアが王位に着けば……しかし、その希望は断たれた。故にリュシアは、最終手段に打って出たのだ。前々から密かに計画していた策略――宰相派一掃のクーデター。心ある者たちをリュシアはかなり前から集め、この時の為に準備していた。
「そう。――では、奴の、宰相殿の顔を拝見しに参りましょうか」
「はっ」
広場は混乱に満ちていた。しかし、突然現れた騎士隊に加え、民衆の中に配置していたリュシアの味方をする者たちが、隠していた武器を手に戦闘に加わっていたため、衛兵側の劣勢は明らかだった。
それだけではない。一般の民衆も、姫を助けるため、自らの国を守るため、立ち上がっていたのだ。
戦いの土煙が舞い上がる中、リュシアはアデルと二人の騎士に守られて、ゆっくりとヴェルネの元へと近づいていく。宰相を守る兵はすでに倒され、その四肢は、頑強な騎士に拘束されていた。
「……やってくれたな、リュシア姫。まさか、こんな手を打っていたとは」
ヴェルヌが憎しみに満ちた目で、リュシアを睨む。
「宰相殿、この勝負、私の勝ちです!」
凛とした声で言い放つリュシア。
「く……、これは謀反だぞ。タダでは済まぬ。わかっておるのか」
「ふっ、その口が、何を言う。父を、国王を弑逆したのは誰だ! それに――私は知っている。あなたが、母をも誅殺していたことを!」
「な――!?」
「自らの娘を王の后とするために、母上に一服盛ったそうだな。――かつてお前の家に使えていた者から聞きだした。謀反者は、お前だ!」
「うっ……」
「連れていきなさい。宰相殿の罪状は、これからきっちり調べさせてもらいます。そのうえで、公正な裁判にかけますから」
リュシアの命で、宰相ヴェルネ・カリストは連行されていった。その背中は丸まり、覇気をなくした姿は、白髪のただの老人のようであった。
広場の戦闘は、すでに終結していた。衛兵はことごとく打倒され、拘束されている。そして、誰からともなく叫びが上がった。
「リュシア様万歳――!」
「白き薔薇に勝利を!」
「王国は、我らのものだ!」
皆が拳を上げる。騎士も、平民も、男も、女も、若きも、年寄りも――全ての者が声を上げる中、リュシアが優雅にその前に立った。
「私の名は、リュシア・オルティア・ラネヴィア。この国の第一王女にして、最後の王女です!」
雷鳴のような歓声が広場を包んだ。
「父王は、私に王冠を託そうとした――それを毒で奪ったのが誰か、あなたたちはもう知っている!」
リュシアは、一度目を閉じ、カッと見開いた。
「己の野望の為、国を思うがままにしてきた男は、たった今、その地位を失った。我らは、この手に国を取り戻したのだ。皆さん――」
リュシアが、民衆を見渡す。
「私は王女の地位を捨て、一人の国民として、皆さんと共に新しい国を作っていきます。王や貴族が支配する国ではなく、国民一人一人が主役となる国を共に作っていきましょう!」
民衆から大きな歓声が上がった。拍手が天まで響く。
「リュシア様を我らの指導者に!」
「民主国家万歳!」
「新しい時代の始まりだ!」
雲間から光が射し、広場を白く包んだ。
その光の中で、ひとつの時代が静かに終わりを告げ、新たな歴史が、今、始まった……
fin
処刑台の姫君~宰相に謀られて、ギロチン台にのせられた王女の話~ よし ひろし @dai_dai_kichi
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