第二話 宰相の野望

 全ては、仕組まれていた、宰相ヴェルネ・カリストに――


 ギロチン台を前に、リュシア姫はあの晩の出来事に想いを馳せた。




 水晶のシャンデリアが投げかける光が、黄金の食器に踊っていた。王宮大広間はその夜、王の五十回目の誕生日を祝う豪華な宴に彩られていた。


 第一王女リュシアは、長いテーブルの上座近くに座り、父王の隣で微笑みを浮かべていた。菫色のドレスに身を包んだ彼女の美しさは、まさに王室の誇りと言えるものだった。


「父上、今夜は本当におめでとうございます」


 リュシアは優雅に立ち上がり、手にした銀の盃を掲げた。中には深紅のワインが満たされている。彼女が父のために特別に用意した、亡き母の故郷の名産品だった。


「リュシア、お前からの贈り物だな」

 王は嬉しそうに微笑んだ。

「いつもながら、お前の心遣いには感謝している」


 大広間に居並ぶ貴族たちから、賞賛の声があがった。しかし、リュシアの視線の先には、テーブルの向こう側に座る三人の人影があった。


 宰相ヴェルネ・カリスト。灰色の髭を蓄えた初老の男で、王の最も信頼する側近だった。その隣に座るのは、彼の娘にして現王妃のイザベラ。そして、その隣には第二王女セリーヌ。リリアナの異母妹だった。


「セリーヌ、お前も父上にお祝いの言葉を」

 イザベラが娘に促した。


 セリーヌは立ち上がり、金髪を揺らして微笑んだ。


「父上、心からお祝い申し上げます。これからも末永く、王国をお導きください」


 その言葉に、王は満足そうに頷いた。だが、リュシアには分かっていた。今夜、この後、父が発表する予定の重大事――それを聞けば、あの三人、いやセリーヌを除く二人の顔が驚きと口惜しさに歪むことを。


「皆の者」

 王が立ち上がり、大広間が静寂に包まれた。

「今夜は私の誕生日を祝ってくれて、心から感謝している。そして、この機会に重要な発表をしたい」


 リュシアの心臓が高鳴った。隣国の第二王子アレクサンドルとの縁談、そして王位継承の正式発表。父は彼女を後継者として認めるつもりだった。


「まずは、乾杯といこう」

 王は手にした盃を高く掲げた。

「この美味なるワインで」


 リュシアが贈ったワインだった。彼女も自分の盃を手に取り、父と共に乾杯の仕草をした。


 王は一口、そして二口とワインを飲んだ。刹那――


「うぐっ……!?」


 王の手から盃が滑り落ち、床に転がる。深紅のワインが白い大理石の床に広がっていく。


「父上!」

 リュシアが駆け寄った。


 王は胸を押さえ、苦悶の表情を浮かべていた。


「苦…しい……」

「お医者様を!」

 王妃が叫んだ。


 大広間は一瞬にして混乱に包まれる。皆が立ち上がり、ざわめき声が響く。リュシアは父の傍らに膝をつき、その手を握りしめた。


「父上、しっかりして!」


 だが、王の瞳は既に焦点を失っていた。数分後、王は静かに息を引き取った。

 沈黙が大広間を支配する。そして、宰相ヴェルネが重々しく口を開いた。


「これは、毒殺だ……」


 リュシアの血が凍りつく。


「王がお飲みになったワインに毒が仕込まれていた」

 宰相は床に広がったワインの痕跡を指差した。

「そして、このワインは――」


 すべての視線がリュシアに集まる。


「第一王女殿下が献上されたものです」


 リュシアは立ち上がり、震える声で言った。


「違います!私が毒など――」

「残念ながら、証拠は明らかです」


 宰相は冷静に言った。


「他に王のワインに触れた者はいません」


 近衛兵たちがリュシアを取り囲んだ。彼女は信じられないという表情で周囲を見渡す。民衆に愛され、父に愛された王女が、なぜ父を殺さなければならないのか。


「私は無実です!」

 リリアナの声が大広間に響いた。

「私が父上を殺すはずがありません!!」


 だが、状況は彼女に不利だった。そして、混乱の中で誰も気づかなかった。宰相ヴェルネの唇に浮かんだ、ほんの僅かな微笑みを。


「第一王女リュシア・オルティア・ラネヴィア、あなたを王殺しの罪で拘束いたします」


 近衛兵隊長の声が、静まり返った大広間に響いた……


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