第14話 片目の族長

 ミシュアの部族が暮らすオアシスについたのは昼の半ばだった。この調子なら一晩はここで過ごすことになりそうだ。

 到着した後、まずはわたし達が使う予定のテントに案内された。

 こうして珍しく客人が来るようなときには、部族の者達が暮らすところとは少し離してテントを張るらしい。

 テント自体はキャラバンでの旅の時に使う物と同じなので、特に違和感はなかった。


「お待たせしました。族長のもとに案内します。三人とも来てください」


 テントに荷物を置いて一休みしていたところ、ミシュアが戻ってきてそう言った。

 わたし達はテントから出て、オアシスの人々から視線を受けながら歩いて行く。

 コーレは視線が気になるようで、体を小さくしている。

 これでフィールドワークが務まるのかしら。コーレの将来が少し心配になった。


 さて、族長の暮らす大きなテントに入った。

 テントの中はいくつもの布の仕切りで部屋が分けられていて、奥の方に案内される。

 そこでは大きな狼の背に寄りかかって座る壮年の男がいた。

 彼は灰色の髪に、片目を眼帯で隠している。後で聞いたところ、若い時分に魔獣に襲われて失ったそうだ。

 族長の名前はダード。ミシュアの育ての親だ。


「よく来た。アルカースを探そうっていう無謀な輩はお前達だな?」

「その通りです。初めまして、おじさま。わたしのことはミリアムと呼んでください」

「……ほぅ、堂々としたもんだな」


 わたしが名乗り出ると、ダードは面白がるように笑った。

 その後ろでソファになっていた赤い狼が顔を上げ、金色の瞳を細める。

 わたしと視線が合うと、狼は低く唸った。

 ダードは狼の頭にぽんと手を置き、話を続けた。


「アルカースは幻の都と言うだけあって誰にも見つけられてない。ここ数年の話じゃない。何百年もの間、だ。もしも実在したとしても、とっくにオアシスは枯れてるかもしれねぇし、砂の下かもしれねぇ。……それでも探すのか?」

「そのつもりです。アカリが探すと言う間は、ね」

「そいつが魔法使いか?」

「そうです」


 わたしとダードの視線がアカリに向かう。

 アカリは狼とにらめっこして舌を出したり鼻で笑われたりして遊んでいたが、視線に気づくと、フードを払って顔を見せた。

 火と灰の匂いがする。

 ダードの髪も灰色だが、見比べると、アカリの方がやや白い。そして髪の中にたまに赤い小さな輝きが見える。まるで、まだ熱い暖炉のようだ。


「わたしは灯火の魔法使い。名前は仮初。今の使命は、この地の魔法使いの頼みごとを果たすことだ」

「頼み事? 実際に会ったことがあるみたいな口ぶりじゃねぇか」

「夢越しになら、そうだね」

「は? 夢だと?」

「夢の中で彼の王宮に招かれて、頼まれたんだ。悪夢に落ちる前に、この地を救ってほしい、だそうだよ」


 普通は助言をくれるらしいのに、わたしには頼み事なんて、がっかりだ。アカリは冗談めかしてそうこぼす。

 ダードはあからさまに胡散臭いもの見た顔になった。

 改めて周りを見れば、ミシュアは知らん顔、コーレは心配そうにおどおどしている。

 結果、矛先が向いたのはわたしだった。


「正気か? お前、何百年も前に死んだ王に夢で会って頼み事をされた、なんてことを本気で信じてるのか?」

「わたしはアカリを信じてるけれど、今、わたし達の間でそれって重要なことかしら?」

「なんだと?」

「動機なんて何でもいいじゃない。そうでしょう?」


 正直な話、アカリの言うことを信じられない、と思っていてもわたしは別にいいと考えている。

 というかコーレはたぶん半信半疑だし、ミシュアはそのあたりの問題を棚に上げている。


「アカリは夢のお告げの真相を調べるためにアルカースを見つけたい。わたしはそれが面白そうだから手を貸す。ミシュアもアルカース探しには関心がある。コーレだって見つけられるなら学術的に興味がある。ほら、夢が嘘か本当かなんて何の関係もないわ」


 重要なのは、わたし達がアルカースを見つけ出そうという意思がある、ということだけ。


「アカリは魔法使いだから独自の手がある。わたしは調査に必要な資金調達ができる。コーレはミスティア学院の研究生で、研究成果から多くの知識をもたらしてくれる。わたしはなんとかなると思うわ。だからおじさまも一緒にアルカースを探しましょう。ね?」


 さて反応はどうだろう。肯定的か。否定的か。魅力に感じてるか。拒絶を覚えるか。

 ダードはすぐに答えを出さなかった。

 黙り込んでしまった彼とはもう会話が続かず、ミシュアがまた明日にしようと切り出して、わたし達はテントに戻ることになった。


「びっくりしました」


 テントに戻った途端、コーレがそう言った。ずっと水中にいたみたいに、大きく息をしている。

 アカリが何かしたのかしら? と視線を向けるも、いやわたしじゃないよと呆れた顔を返された。

 じゃあ何だろう。


「狼大きかったわね」

「そう……ですね」

「いやそこじゃないよ。ミリアムには遠慮してるとどんどん話が進むよ」

「その通りだと思うけど、何の話?」

「単に君がダードを巻き込むのに躊躇わなかったから驚かれてるんだよ」


 なんと原因はわたしだった。でも何を驚かれているのか理解できない。


「大したことは言ってないと思うけど……」

「……そうですね。落ち着いて思い返してみると、ミリアムは単に誘っただけです」


 でもそうではない、とコーレは困った顔で笑いながら言う。


「何と言えばいいのか、わたしもよくわからないのですが……ミリアムの言葉は、何だか引き込まれるのです」

「そう言えばうちのクルーもそんなことを言っていたわね」


 元海賊の彼らを傘下に引き込んだ時を思い出した。

 抵抗した海賊の長の首を剣で斬り飛ばして海に捨てて、生き残った船員に、傘下に降るか死ぬか選べと言ったのだ。

 彼らは何も言わなかったので、わたしは自分に都合良く解釈した。とりあえず傘下に入れて、邪魔したら殺そう、と。

 アルリゴでは海賊は死罪だ。ばらばらにして魚の餌にする。それを思えば温情とも言えるし、最終的に殺しても文句を言ってくる手合いもいない。完璧な回答だと思ったものだ。エスフェルドには頭をかかえられたけど。

 まあ、恐怖のあまり反発する意欲を失ったのだろうし、しばらくすれば選別もできるだろうと思っていたのは確かだ。

 しかし後でルカに聞いたところ、「それもあるけどそれだけじゃなかったんですよ」と言った。


「怖いだけなら逃げてましたよ。もしかしたら暴れてたかもしれない。でも、なんて言うんですかね、あんたに誘われた時は、不思議と話に乗ってみたいって思っちまったんです」


 わたし自身が実感しにくいので何とも変な感じだが、今回もそうなったということだろうか。


「ミリアムは妙な魅力を放つ時があるよね。人を巻き込む時は、特に」

「何もしていないけど。……アカリが何か仕込んだわけではないのね?」

「しないよ。何もする必要がないもの。……ま、一晩もすれば結論は出るさ。ダードは乗ってくると思うよ」

「わたしってそんなに影響力があるの?」

「それだけじゃない。アルカース探しは案内人の使命なんだろ?」

「そんなに重要視されるかしら。昔の人が決めた使命なんて」

「それさ。君の言う通り、大概の言い伝えなんて時と共に風化する、掟でさえ細かく別れて部族が割れている。だというのに今でも使命として受け継がれているなら、そこには何かのカラクリがある。……これはきっと、初代王の残した伏線だ」

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