第13話 ミシュアの案内
セルイーラの案内人の部族は現地の言葉では「アクラ」と呼ぶ。その紋章は片目の狼だ。
彼らにはこんな逸話がある。
「最初の案内人のアクラは、オアシスを探す罪人でした。罪を犯したアクラは都から追い出され、砂漠を放浪していたのです。これは事実上の死罪とされています。
当然、彼はオアシスも見つけられず行き倒れました。
しかしそこに赤毛の狼が現れます。
それは彼が幼少の頃、貧民街で暮らしていた時に、気紛れで干し肉の切れ端を与えた子犬でした。
子犬は狼で、アクラのことを覚えていたのでしょう。
狼はアクラを誰も知らないオアシスに連れていき、彼は一命を取り留めたのです。
以後、彼は狼と共に砂漠を行くようになり、彷徨う者を導く案内人となりました。
これが案内人の始まりとされています」
部族のオアシスに向かう道すがら、ミシュアはそのように語った。
わたしは疑問に思ったことを聞いた。
「部族は王が作ったものだと聞いたけれど?」
それに答えたのはコーレだった。
「初代王はこの話をうけて案内人の部族を作り、アクラの名を与えたそうです。案内人の部族に関しては言い伝えや遺跡の文献も多くて、比較的調査が進んでいる部類です。砂漠を行く危険な仕事なので、案内人は最初、追放刑をうけた罪人達だったのですが、アクラの名を与えられた部族となることで再びセルイーラ社会での立場を得たとあります」
「今では案内人もさらに小さな部族に分かれていて、微妙に伝わる逸話が違い、それに伴い掟や振る舞いも少し異なります。ちなみに、アクラを名乗ることは滅多にありません。自分達こそ源流だと主張するようなもので、面倒が増えますからね」
「大体わかったわ」
わたしは頷き、傍を歩くアカリを見た。
彼女は遠くを見て薄く笑っていたと思うと、わたしの視線に気づいてフードを深く被り、笑みを消した。
その唇が動く。あとでね、と言ってるようだった。
二人の話から何か気づいたようだ。
わたしは再び質問を続けた。
「ミシュアの部族は他と比べてどんな特徴があるの?」
「そうですね。我々は割とバハルハムス派のオアシスを行き来する事が多いでしょうか。依頼を受けて別派閥のオアシスに行くこともありますが、そちらで客を取る時はキャラバンを仕切る立場になることはありません。縄張り争いに発展しますからね」
「そうなのね。仮にバハルハムスがシュオラーフの手に落ちたら大変?」
「……考えたこともありませんが、そうなったらそうなったで、あまり変わらないのではないでしょうか。寧ろ縄張りがはっきりしなくなって争いになるかもしれませんね」
「あなたは平気そうね」
「わたしに限って言えば、もともと行動範囲が広いので、どういう風に勢力変化が起きてもやっていける自信があります」
ミシュアは個人的にかなり手広く仕事をしているらしい。
行動範囲はセルイーラ砂漠全域と言っても良く、これは案内人と言っても珍しいタイプだ。
それに彼の場合、客も多様だ。バハルハムス系のオアシスを行き交う商人は当然、ミスティア学院の調査隊の案内をすることもあるし、わたし達のような外国人の案内もする。狩人部族の長旅につきあうこともあるし、遠いオアシスからバハルハムスに婿入り、嫁入りでやってくる一族を丸ごと面倒見ることもある。
旅の危険度は客によって大きく異なる。盗賊に狙われることもあるし、病気にかかる人もいる。事情を抱えた客が実は犯罪者ということもあり得るし、そうでなくてもキャラバンでの長旅は集まった人々の間で複数の問題を起こしがちだ。まほろばや魔獣の出現で足止めされて予定外に旅が長くなることもある中で、客を選ばないというのは非常に難しい仕事のやり方だ。
「あなたみたいな人はよくいるの?」
「たまに見かけますが、大抵は自分の得意なルートを持っていて、そこを案内するのがほとんどですね。それに客層を選びます。荒事やトラブルに慣れていない案内人は長旅を嫌いますから」
「あなたは長旅が好き?」
「……どうでしょう。嫌いではないと思います。しかしどちらかというと、これはもっと夢のない話ですよ。わたしは単にその必要があっただけです」
「と、いうと?」
「わたしはどこぞのオアシスの捨て子で、この部族の案内人に拾われて育てられたんです。だから血縁から引き継げるような人間関係がなかった。仕事を選べるほど余裕はなかったんですよ」
捨て子と聞いて、コーレはこっそりとミシュアの様子を伺った。
ミシュアは気にした様子はない。いつも通り、貼り付けた笑顔の鉄面皮だ。
コーレはおずおずと尋ねた。
「あの……セルイーラで捨て子は珍しいのですか?」
「キャラバンが去った後に、オアシスに残された赤子や子供の話はよく聞きますよ。あなたはまだこちらに来て日が浅いので、キャラバンの駐留地にはあまり行かないように言われているのでは? あちらはその場限りの付き合いが中心なので、治安が良くないですからね」
「そう……なんですね。いえ、気になっていたんです。授業の時に、明らかに栄養の足りていない子や、薄汚れている子がいたので」
「そういえば、あなたはケトルカマルの学者先生でしたね」
「そ、その呼び方はよしてください……。わたしは先生と言えるほど立派な人じゃないですから……」
「わたしも似たようなものですよ。できることと必要なことをやっているだけ。その結果が学者先生なら、大したものだと思いますが」
「うぅ……からかってませんか?」
「そんなことありませんって」
気づけば二人が仲良く談笑している。
ミシュアが意図的に励ましているのだろうか?
口で尋ねれば、きっと、これもまた必要なこと、と言う気がした。
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